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Fall in love−8

「思い込みじゃないの、それ?誰かに恋したら、みんなそんな風に思ってしまうものだし」
「経験ありなん?」
 意地悪い口調ですかさず返す市丸に、東仙は少しムッとしたように、
「一般論だよ。なんだ、話を逸らそうとしたね?怪しいな。だいたい、そんなに仲良しなんだったら、君が十番隊じゃなくここに来るっていうのもおかしいね?」
「お仕事中にあんまり遊びに行くと、怒って追い返されてまうもん」
「日番谷隊長が正しい」
 ぴしゃりと言って、東仙は嫌味なくらい大きな音を立てて机に書類を置いた。
「彼は真面目だから、そんなことばっかりしていたら、仮に本当に恋人同士だったとしても、そのうち嫌われるよ?」
「仮にてなんやねん。相性やったらバッチリやで。お互い自分にないもん求めるもんやから」
「性格はそうかもしれないけど、価値観はどうかな?君は相手に合わせるということを知らないだろう。自分の言いたいことだけ言ってない?日番谷隊長の気持ちも、ちゃんと確かめてる?その前に、君は自分の気持ちも、きちんと伝えているのか怪しいよ。君はよけいなことはたくさんしゃべるのに、肝心なことはなかなか話さない」
「ボクは、相手の目ェ見たら、だいたいわかるけど」
「君のことを、目を見てわかれと言っているのかい?」
「要ちゃんは、見えへんでもわかるやろ?」
「まさか。君のことなんか、わかったためしがないよ」
「そうなん?さっきから、わかったふうな口きいてはるけど」
「嫌味を言うなら、他を当たってくれよ。何度も言うようだけれど、私は忙しいんだ」
「すんません。構ってください」
「謝られても、暇つぶしは嫌だよ。そんなに日番谷隊長が恋しいなら、窓の外から邪魔にならないように姿でも覗いてきたら」
「たまにはええこと言うね、要ちゃん」
 その声が、本当に感心しているように聞こえて、東仙は慌てて、
「バカな。冗談だよ。まさか本当に、覗きに行かないよね?」
「…せやけど、普通に行ってもきっと冷たく追い返されてまうもん。そうや、要ちゃん、一緒に来て!」
「どこの子供だよ、君。ひとりで十番隊にも行けないのかい?」
「ひとりで夜中にトイレにも行かれへんみたいな言い方せんといて。…まあ、要ちゃんが来てくれても、何もええ展開期待できへんやろうけど」
「わかってるなら、言うなよ。大人しく終業後まで待って、それから思う存分会ったらいいだろ」
「そうやね…たまには待たなあかんよね…」
 珍しく市丸は素直に言って、ようやくソファから腰を上げた。
「要ちゃん、おいしいお茶とおまんじゅう、おおきに」しっかりとまんじゅうの箱を持ってにこりと笑い、市丸はちょこっと頭を下げてみせた。
「この話、藍染はんにはナイショやで?」
「どの部分を言うんだい」
「せやったらええけど」
 言って市丸は扉の方へ行きかけて、思いついたように足を止めて、振り返った。
「…あんな〜、要ちゃん」
「ん?まだいたのか?」
「…ほんまはな、危ないねん」
 うってかわって低く重いその声に、東仙はびっくりして顔を上げた。
「は?今なんて…」
「両想いやのに、…ボク、捨てられてしまうかもしれへん」
 市丸はいつも、本当みたいな声で嘘を言うから、東仙はとっさに、また自分をからかって遊んでいるのか、本当なのか、判断できなかった。
「どないしたらええんやろ…」
「君の言葉は…どこからどこまで…」
 言いかけた時にはパタンと戸が閉じる音がして、市丸は出て行ってしまったようだった。
 東仙はしばらくの間、市丸の残したいつもながら理解に苦しむ不思議な空気の中に、彼の真意を探るように感覚を集中させてみたが、やがて諦めて、タメ息をついて深く椅子の背にもたれ、湯のみを手に取って、一口飲んだ。


 市丸は九番隊でもらったまんじゅうの箱を持って、ふらふらと十番隊へ向かった。
(会いたいのは山々なんやけど。今日は要ちゃんの言うとおり、窓から覗くだけにしといた方がええような気ィするなあ…。用もないのに昨日の今日で堂々と会いに行ったら、今度こそ引導渡されてしまいそうや)
 平気な顔はしていたが、東仙の言葉は、けっこうグサグサときていた。
 両想いだと思うのに、あそこまでした仲なのに、日番谷がいっこうに市丸を受け入れてくれない理由がさっぱりわからない。
 それどころか夕べは、寸でのところですっぱり切られるところだった。危なかった。
 手を出すのが早すぎたのは、わかっている。
 だが、どうやら日番谷を狙っている者はとても多く、彼と同室になれたことはもちろん、真面目で警戒心の強い彼に隙ができたあの夜は、本当に千載一遇のチャンスだと思ったのだ。
 日番谷の性格から、彼の恋人の座を勝ち取るのは早い者勝ちと思われたから、のんびりと次のチャンスを待っていたら、いつ誰にさらっていかれるかわからないと思った。
 それに、…東仙は思い込みだと言ったが、市丸には確かに、自分を見る日番谷の目の中に、恋する色が見えたのだ。
 ホテルの部屋で、目が合い、見詰め合った瞬間、両思いだと直感した。
(あれも、そうやったらええゆう希望が見せた幻やったんかなぁ?態度や仕草がえろう可愛かったんも、お酒のせいやったんやろか?)
 無理矢理行為に持ち込んだことは確かだが、市丸をあそこまで暴走させたのは、あまりにも可愛い、あのラブビームだった。
 熱っぽく潤んで、「好き」とその目で言われたように感じた。
 あの目に、あの誘惑に逆らえる男などいるのだろうか。
 サインを感じたから何の遠慮もなくあそこまでしたし、…最後までは、しなかったのに。
(何があかんねやろう…?あの子の気持ちて何やねん。ボクのこと好きなんとちゃうん?ボクの気持ちかて、わかっとるやろう?それ以外、何が足りひんの?)
 あちらこちらで道草を食いながら、市丸がようやく十番隊のそばまで来ると、近くで松本の霊圧を感じた。
 これは丁度いいと思ってふらりとそちらへ歩いてゆき、姿をみつけると、満面の笑みを浮かべていそいそと近付いていった。
「乱菊♪」
「あら、ギン。最近よく見るわね。隊長なら、今いないわよ」
「そうなん。それは残念やけど、今日は乱菊に会いに来たんよ。今九番隊でおいしいお饅頭もろうたから、おすそ分けしよ思うて。乱菊、こういうの、好きやろう?」
 もらったお菓子をちゃっかり利用して松本に見せると、あら、あたしに?というような嬉しそうな顔をして、松本は市丸が差し出した箱を覗き込んだ。
 純粋に松本に喜んでもらいたいのももちろん本当だが、松本を味方につけておきたいという気持ちもあったし、松本の口から日番谷に「市丸隊長からです」と名前を出してもほしかった。
 そこから自分の話題にでもなってくれたら、いいことは言われないだろうが、印象は残せる。
 だが、松本は箱の中身を見るなり、
「あ、さっき修兵にもらったわ、それ」
 あっさり言われて、市丸はムッとした気持ちをそのまま顔に出した。
「…油断も隙もあれへん子やね。乱菊、あの子にもろうたお饅頭と、ボクのお饅頭と、どっちが大切なん?」
「意味わかんない。どっちも同じお饅頭でしょ、出所一緒なんだし」
「わかった」
「何がわかったのよ」
「明日、これに負けへんお菓子持ってくる」
 キッと唇を引き結んで、市丸は差し出していた箱をさっと引くと、真面目な顔で言い放った。
「今度檜佐木クンが乱菊に菓子持って来よったら、市丸が持ってきたお菓子の方が、お前のくれた菓子よりずっとええもんやった言うんやで?」
「何対抗意識燃やしてんのよ。バカみたい。ま、それはそれで、楽しみにしてるけど」
「キミらは、双子か」
「キミらって、誰のことよ」
「いや、いや、気にせんといて。ほなな、乱菊。約束やで。明日、楽しみにしとるんよ?」
「上等なのよろしくね」
「任せとき」
 ひらひらと手を振って、市丸は十番隊を後にした。
 なんだかんだ言って、東仙も松本も、菓子を持ってくると言うと嬉しそうだった。ここは一発、とびきりのものを持っていってやるつもりだった。
(要ちゃんも、乱菊も、舌がよう肥えとるからな。生半可なもんやったら、満足せえへんやろな)
 だが、これで明日、十番隊へ顔を出す口実ができた。
 嫌な顔はするかもしれないが、とにかくあの子の顔が見たかった。
 市丸は早速手土産を買うべく、そのまままたふらふらと街の方まで行った。
 目当ての店に着くまでに、あっちを覗き、こっちを覗き、のんびりと歩いてゆくと、
「えっ、ホントにいいのか?マジで?」
 聞き覚えのある、…というか、今一番聞きたいと思う可愛い可愛い声が聞こえて、市丸はとっさにぱっと身を隠すと、そっと声のする方に近付いていった。
「全然仕事と関係ねえけど。全くのプライベートだけど」
「ええ、もちろんいいですよ。その代わり、個人宛に請求書が回りますけどね」
 見ると、角の甘味屋の店の前に出してある椅子に、日番谷が阿近とふたり並んで座って団子を食べていた。
 どうやら、何か十二番隊に私物の作成の依頼をしようとしているらしい。
 阿近に言われて、日番谷は高揚で頬をほんのりピンクに染めて、可愛らしい胸を、可愛らしい手できゅっと押さえ、一瞬懐具合を確認するように目を泳がせてから、こくりと可愛らしく頷いた。
「大丈夫だ。払えれると思う」
 何を欲しがっているのか、おもちゃを前にした子供のように目を輝かせて、それでも精一杯隊長らしく冷静な顔をしようとしているのが、手に取るようにわかる。
 だが、その様子を可愛いとのんびり喜んでもいられなかった。
「日番谷隊長があの、この間の宴会の時の格好をして下さったら、割引にしてもいいんスけどね?」
 全くの冗談とも思えないことを、阿近が笑いながら言った。
「冗談じゃねえ。二度とあんな格好はしねえ」
「そうスか、それは残念だなあ。十二番隊はオタクの集団スからね。あの姿をもう一度見れるなら、タダで働いてもいいって奴、結構いるんスけど」
「どいつもこいつも…。オタクってより、変態なんじゃねえの」
 ごく言われ慣れているように、日番谷が嫌な顔をして返した。
「はは、厳しいスね。ま、とにかくまた十二番隊に来てくださいよ。さっきの話、煮詰めましょう。よかったらこれから来ますか?」
「ホントか?でも、今からじゃ、残業になっちまわね?…俺は、いいけど」
「構いませんよ。どうせ俺達に就業時間なんてあってないようなもんスからね」
「悪ィ。あ、ここの支払いは、俺がするから」
「いいスよ、気ィ遣わなくても」
「いいから、払わせろ。俺は隊長だ」
「そうスか、じゃ、遠慮なく。ご馳走さまです」
 親しそうなやりとりを交わし、日番谷が代金を払い、二人連れ立って、隊舎の方へ向かって歩いてゆく。
 それを見送って、市丸は切れるほど高まった自分の霊気を抑えるために、ハ、と息を吐いた。
(…あかん。やっぱりモテモテや、あの子。あの可愛えミニスカートの写真、絶対裏で出回っとるで。十二番隊に目ェつけられてもうたんやったら、入れる穴のあいた等身大のお人形さんも、絶対作られとる…)
 今のところは、市丸が早々に日番谷のカレシになったので、皆市丸を恐れて表立って派手には騒いでいないが、アイドルになるのは時間の問題だと思えた。
 最初からそう思ったから、無理を承知で手を出したのだ。
 だが市丸は自分のその考えに、ハッとした。
(そうや…。入れてへんから、あかんかったんやないの?あの子恋したお目々しとる思うて、優しくしすぎたんや。痛がっとるし、無理せんでも、次でもええやろ思うて、入れへんかったんが、あかんかったんや)
 いい気持ちにさせてやったら、自分から離れられなくなると思った。
 挿入をしなくても、劣情の証をその身体に注ぎ込んでやれば、所有の印になると思った。
 だが、それではやっぱりダメなのだ。
 あれは、あれだけでは、セックスとは言えない。
 市丸自身それでは満足できなかったし、きっと日番谷も同じなのだ。
 無理でも何でも、そこが裂けても、泣き叫んでも、身体をつなげなければいけなかった。
 お前は市丸のものになるのだと、身体に刻み込んでやらなければいけなかった。
 凶暴な衝動のままそう思いかけて、また市丸は、フ、と息をついた。
(…あかん、あかん。何考えとんねや。力ずくなん、それこそセックスやないやん。レイプやん)
 自分をおさえるために思ったその言葉は、しかし反対に、身体に興奮を呼んでしまった。
 まだ幼い小さい身体が、自分の腕の中で震えながら乱れていった様子を思い出して、身体が熱くなってくる。
 まだ入れていないことも思い出してしまったら、どうしようもなく入れたくて入れたくて、入れなくてはいけないと思い始めて、気が狂いそうになってくる。
(ああもう、こんなやから嫌われてまうんやん〜。別に身体が目当てなんと、ちゃうのに)
 だが、性の衝動は一度頭をもたげると、早急に解消しなければどんどん正常な判断力を失わせ、凶暴な衝動へと駆り立ててゆくのだ。
(せやけど、大事にしよう思うて優しくしとっても、フられたら元も子もないやん。誰かに先に手ェつけられる前に、やっぱり入れとかなあかんのとちゃう?)
 純粋な欲望に、早く自分のものにしなければという焦りが拍車をかける。
(なんやねん、もう〜。こんなん考え始めたら、ロクなことないで。わかっとんのに抑えられへん、忌々しい)
 こんな手に負えない欲望に悩まされるのは、あれ以来、何度目だろう。日も夜もなく襲い掛かってきては、メチャクチャに荒れ狂ってゆくのだ。
 クラクラするほどの思いに憑り付かれて、市丸はまた、ふらっと歩き出した。