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Fall in love−7

 日番谷が六番隊に所用で出向くと、阿散井がにこやかに出迎えた。
「あ、日番谷隊長。ちゅす。今日は市丸隊長は一緒じゃないんスね」
「いつも一緒じゃねえよ」
 何を言うかとムッとして答えると、
「あ、そうスね。市丸隊長も、忙しい方ですし」
「違う。忙しくなくても一緒にいねえっつーの」
 ますますムッとして声を荒げても、
「え、そうスか?忙しくなかったら一緒にいるでしょ、市丸隊長。なんか、いつ見ても日番谷隊長の斜め後ろくらいに立ってるようなイメージですけど」
「市丸は俺の副官じゃねえぞ!松本ならともかく、なんであいつがいつも後ろに立ってなきゃいけねーんだ!」
「いけなくないスけど」
 日番谷が何を怒っているのかわからないというような顔で、阿散井はきょとんと答えた。
「付き合ってらっしゃるんスよね、市丸隊長と。あの親睦旅行の時から?」
「付き合ってねえ!」
 忌々しいことに市丸が、あれ以来完全に態度を変えてくれたおかげで、日番谷は今、市丸と付き合っているという噂が護廷隊中に広まっているらしかった。
 酔っていたとはいえ、一体何がどうしてああなったのか、いつの間にあんなことになっていたのか、今思い出してもさっぱりわからない。
「え、でも、前の宴会の時初対面っぽかったのに、同室になって一夜明けたらラブラブになってたって、もうみんな、びっくりでしたけど。何があったんだって」
(俺もびっくりだよ!)
 頭が痛くなりながらも、日番谷は唸るように、ラブラブじゃねえ!と突っ込むことは忘れなかった。
「照れなくてもいいじゃないスか。俺、市丸隊長のあんなデレデレの顔、初めて見ましたよ。藍染隊長と奪い合って市丸隊長が連れてったって言ってる女の子もいましたけど、そうなんスか?」
「人の話を聞け!」
 とうとう日番谷は阿散井の胸倉を引っつかみ、目を剥いて怒鳴った。
「俺はあいつを恋人とか認めてねえし、許してもねえんだからな!」
 あまりのマジギレぶりに、阿散井が目を白黒させている。
 皆がそう思うのも、無理はないのはわかる。
 阿散井の言うとおり、市丸はしょっちゅういつの間にか日番谷のそばに立っているし、日番谷が何か市丸に怒っても、蕩けそうな顔で「うんうん、ゴメンな」とか言うので、なんかもう、本当に恋人同士みたいなのだ。それも日番谷が市丸に甘やかされまくっている恋人同士みたいだ。
 だが実際には、ふたりは恋人同士では絶対にない。
 日番谷が認めていないのだから、それは間違いないことなのだ。
(だいたい、有り得ねえだろ、あんなの!)
 思い出すのも恥ずかしい。
 何があったんですかと聞かれたこともあるが、「説明できるか!」と言いたいのをぐっと堪え、「何もねえよ!」と怒鳴って、やっぱり日番谷はマジギレした。
「その噂はデマだって、みんなにも言っとけ!」
 乱暴に手を離し、日番谷は怒りながら羽織の襟を治すと、
「さっさと朽木に取りつげ!」
 慌てた阿散井に応接室に通されると、じきに朽木がやってきた。
「日番谷隊長、先日の兄のダンスはなかなかだった」
 あれ以来、会う人会う人出す話題といったら、市丸のことかミニスカートのことばかりだった。
 久しぶりに違うことを言われたが、さすが朽木は、微妙な着眼点だ。
(…いや俺、ポンポン持って揺れてただけだけど…)
 日番谷はクラリとしながらも、
「…朽木隊長の歌には負けます…」
 半分社交辞令で半分皮肉で言ったつもりだったのだが、朽木はその言葉を待っていたかのように、満足そうに、うむ、と頷いたのだった…。


 このままではいけないと思い、その晩日番谷は、市丸と話し合いの場を持つことを決意した。
 あれ以来、とにかく二人きりになってはいけないと思って、市丸がやってきても冷たく追い払うばかりだったのだ。
 特に呼び出さなくても、市丸はやっぱり、日番谷が仕事を終える頃を見計らって、勝手に十番隊に迎えに来た。
「こんばんは、市丸です。十番隊長さん、お仕事終わらはった?」
「…ああ」
 珍しく大人しく答えて、日番谷は筆を置き、立ち上がった。
「…少し、歩くか」
「え、ほんま?」
 日番谷が言うと、市丸は顔を輝かせて、嬉しそうについてきた。
 そんなふうにされると、なんだかデートみたいで、日番谷までドキドキしてきてしまう。
「きれいなお月さんやねえ。日番谷はんとふたりで見ると、また格別や」
「…あ、そう」
 言いながら伸びてきた手をピシリと払い、日番谷はことさら冷たい声で、
「それより市丸、あそこの岩んとこ、ちょっと座るか」
 下手に室内でふたりきりで話し合うと、襲われるような気がして、外に出た。
 土手のようなところに並んで座ると、外でも押し倒されそうな気がしたので、座れそうな岩を探した。
 ここならいいだろうと思って、座るなり日番谷は、
「どうやら皆に俺達は付き合っていると誤解されているようだから、一度ハッキリさせておくべきだと思うんだが」
「誤解て何?ボクら、付き合うてるやん」
「付き合ってねえよ。勝手に決めるな!」
「せやけど、愛を確かめ合うたやん」
「確かめてねえだろ!…あんなことになっちまったことは…テメエばっかり責めるつもりはねえけど…」
 日番谷が言うと、市丸は急に真剣な顔になり、じっと日番谷をみつめてから、
「…ボクは、確かめたで。せやけどキミが確かめられへんかったゆうんやったら、ボクが悪かった。こういうことは、きちんと言葉にするべきやったね」
(え、何の話になってんだ?!)
 あまりに優しい声と思いもしない切り返しに、日番谷はとっさに言葉を返せなかった。
 その間にするりと腰に手が回って、あっと思った時には、優しく抱き寄せられていた。
「…好きやで、冬獅郎。ほんまに、好きや…」
「ちょ、…」
 その真剣な目とその言葉、急接近&スキンシップに加えて冬獅郎といきなり名前で呼ばれて、日番谷は動揺した。
「…っと、待…」
「ボクは本気や。真剣や。一目惚れやった。今でも、運命の出会いやったと思うてる…」
 市丸がそっと首を傾けると、サラサラと髪が流れて、月の光を受けてキラキラと光って見えた。
 柳のように細く長くゆったりと弧を描く眉がその髪の間で見え隠れして、狐のような顔がぐっと迫ってくると同時に、大きな温かい腕が日番谷の身体を包み込み、…
 うっとりするほど優しく柔らかな口づけが、日番谷の思考を停止させてしまった。
 唇同士のその接触は、眩暈がするほど甘く全身を痺れさせ、勝手に瞼が閉じてしまう。
 そのままうっとりと力を抜き、市丸に身体を預けてしまいそうになって、日番谷はハッとした。
「…っと待てって言ってるだろ!」
 危ないところで我に返り、日番谷は慌てて市丸を押し返すと、思い切り頭突きを食らわせて、なんとかその腕から逃げだした。
「あ痛、乱暴やね、冬獅郎…」
「冬獅郎て呼ぶな!とにかく、俺達、付き合ってねえから!お前も言動に注意しろ!」
 言い捨てて瞬歩で逃げながら、日番谷は熱くなった頬をその風で必死で冷やした。
(…危なかった!)
 油断も隙もないとは、このことだろうか。
 ハッキリ断るつもりで、うっかり唇を奪われてしまった。
 市丸といると、何がどうしてそうなるのか、いつの間にかいつもおかしなことになってしまっているから、恐ろしい。
 それでも…、
 市丸のあの真剣な言葉と優しい口づけは、少なからず日番谷の心を乱していた。


 ぽかぽかとお天気の良い窓辺で、市丸はもらった饅頭を日にかざしてためつすがめつ見てから、ぽいと口に頬張った。
「…これ、おいしいね?甘いのにしょっぱくて、不思議な味や。どこで買うてきたん?それとも献上されたん?出所教えて?」
「…さっきから君はくだらない話ばかりしているけど。暇つぶしなら、そろそろ帰りなよ。そうじゃないなら、さっさと用件を言ってくれないか?じきに檜佐木も帰ってくるだろうし」
 先ほどから黙々と書類を進めていた東仙は、手を止めないまま、そっけなく言った。
「ええやんかぁ。キミとボクの仲なんやし。冷たくせんといて〜」
 市丸は九番隊の執務室の窓辺からふわりと離れると、ソファの前でくるっと回転するようにして、腰を下ろした。
「もう一個いただいてもええ?イヅルにお土産に持っていったるんや。あの子、甘い物結構好きなんよ?こんなもので騙されませんよ言いながら、目ぇがキラキラ輝くねん。可愛えんよ?」
「どうぞ、好きなだけ持っていきなよ。なんなら箱ごとどうぞ?それくらい持っていかないと、吉良くんも割に合わないだろう」
「ほんま〜?おおきに」
「…君って、遠慮というものを知らないよね?」
 やはり表情も変えないまま、東仙は次の書類に手を伸ばした
「ええ言うたの要ちゃんやん。お返しに今度、ボクのオススメのお餅持ってきたるよ〜。副隊長さんにも食べてもろて?」
「それはそれで楽しみにしているよ」
「抜け目ないね」
「そういう使い方しないだろう。第一、君に言われたくない」
「要ちゃんがボクに言われたない言葉、多すぎて覚え切れへん」
「いっそ何も言わなくていいよ、君は」
「黙って立っとったら、よう怖いて言われるんやけど、ボク」
「喋ってても怖がられるのは同じだろう、君の場合」
「なんでやろね?」
「怖がらせることを君が言うからだよ」
「えー、怖がらせたろ思うた時以外、怖がらせるようなこと言うた覚えないんやけど」
「言ってるんじゃないか。…」
 言いかけて、東仙はようやくひとつタメ息をついた。
「…だから、君の言葉遊びに付き合ってる暇はないと言ってるのに」
 こうやってさっきから貴重な時間をどんどん使われているのだ。
「私のところに来るより、そういえば君、日番谷隊長とはその後、仲良くやっているのかい?あの後恋人同士になったとかいう、信じられない噂も聞いたけど」
「そうなんや〜vvあの子、ほんまにめっちゃ可愛えんよ?夕べも会うて、あの食べちゃいたいくらい可愛え可愛え唇に、ちゅーしてもうたvv甘〜くて、やわらか〜くて、もう夢心地やねんvv」
「…あ、そう。良かったね。ノロけに来たなら、他で頼むよ」
 デレデレの声で言う市丸に、東仙はごく冷静に、冷たく返した。
「ノロけに来たわけやないんやけど、誰かに言いたくなるやんか?皆が狙うとる、あない可愛え子とちゅーしたなん下手な相手に言うと、ボク妬まれてヒドイ目会わされるかもしれへんから、要ちゃんくらいにしか、言われへん」
「妬まないけど、迷惑だよ。そのへんに穴でも掘って、その中に叫んだらいいんじゃない?」
「それ、なんや童話のパクリやん。もっと気の利いたこと言いや〜」
「君ね、図々しいにもほどがあるよ。君の話の方がずっとつまらないって、わかってるんだろうね?」
「要ちゃんにもそのうちええ子みつかるて〜。強いし、賢いし、優しいもん」
「私は、君なんか好きになる日番谷隊長の気が知れないけど。彼は本当に君のこと好きなのか?おかしな薬でも飲ませたんじゃないだろうね?」
「お酒は飲んではったけども」
 東仙の言葉にふわっと笑いを含んで、市丸は言葉を継いだ。
「おかしなお薬なん、なんも飲ませてへんよ?あの子は最初から、恋する乙女の目ェやったよ?」