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Fall in love−3

 結局日番谷をみつけられなくて、市丸は再び宴会場へ戻った。
 二人の部屋も風呂も覗いたし、厠もひとつひとつ見て回ったが、どこにもいなかった。
 外でひとりでいるところを捕まえられたら一番だったのだが、同室なのだからいつかは二人になれるだろうし、また宴会場なら宴会場でもよかった。
 だが、宴会場にも日番谷の姿はなかった。
「要ちゃん、ボクのいてへん間、十番隊長さん、ここ戻らはった?」
「え、さあ?私のそばは通らなかったみたいだよ」
「日番谷隊長なら、藍染隊長のところに座っていたみたいだが」
 東仙と話していた狛村が、代わりに答えた。
「女性達が集まって、どこかへ連れて行ってしまったようだ」
「ええっ!」
 あの可愛い姿に刺激されたのは、市丸だけではない。
 男達は前の女の子達に釘付けだったようだが、女の子達は、後ろの三人を見ていただろう。
 あの姿を見た後で日番谷に群がりたくなる気持ちは、よくわかった。
 だが、わかるだけに、心配にもなった。
 女性という生き物は、集団になると、男性以上に恐ろしいことを平気でするのだ。
 日番谷などは身体は子供だし、隊長といっても新米だし、女性への対処法などを熟知しているとも思えないから、格好のターゲットだろう。
 こんな時こそ頼りになるはずの幼馴染も、見る限り、どこにも姿が見えない。
 日番谷を連れ去ったという女の子達と一緒にいるならば、心配なのか安心なのか、それも定かでなかった。
 市丸は慌てて宴会場を見回して、女性の隊士をみつけると、素早く近付いた。
「ねえ、キミ、お願いがあるんやけど、ええかな?」
「えっ、市丸隊長?」
 声をかけた女の子は、市丸を見ると、ポッと頬を赤らめた。
 これは、都合がいい。
 市丸はにっこりと微笑むと、さっき、十番隊の隊長さんが女の子達にどこかに連れていかれたようなんやけど、どこにおるのか、探すの手伝うてくれへんかな、と言った。
「は、はい、喜んで!」
 ふたりで一緒に女性の死神達に割り振られた部屋のある階へ行くと、そこら中に満ち満ちている霊圧の中から、日番谷を探った。
 先ほどは、恐らく出し物から逃げるために、意図的に霊圧を消していたから、みつからなかった。
 だが今は、そうではないかと思われる霊圧をじきにみつけて、
「あそこの部屋にいそうなんやけど」
 中からは、楽しそうな女性達の声が聞こえている。
 女の子に声をかけてもらい、扉が開くと、ムッとするほどの女性の熱気が押し寄せてきた。
(わ、なんや、すごいことになっとる…)
 大丈夫かな、と思ったところで、中から転がるように、日番谷が飛び出してきた。
「十番隊長さ…ん…」
「い…ちまる!」
 出てきた日番谷のその姿に、驚いて言葉が途中で止まった。
 女性、恐るべし。
 日番谷はどうやら、さんざん飲まされて、酔っているらしい。動きがしっかりしていなくて、よろめいている上発音も怪しい。
 その隙に乗じたんだかなんだか、日番谷はさっきのミニスカートに着替えさせられていて、髪に花まで挿されていた。
(うわー、なんちゅうええ仕事してくれとんねん!この姿、もう一度見られるとはー!)
 感激だったのは、それだけではない。
 どうやら女の子達に遊ばれて、必死で逃げ出してきた日番谷は、明らかに市丸に助けを求めてきている。
 ふらついた足元、アルコールで潤んだ瞳、上気した肌。眩しい太腿…世にも可愛らしい、その姿。
「ちょ、大丈夫なん、十番隊長さん!」
と、真剣に心配しているような顔と声で両手を広げながら、
(役得やー!カモン、冬獅郎クンー!)
 まるでお姫様を助けに来た王子様のような気分になって、今にも日番谷を抱きとめようとした時、
「日番谷くん!大丈夫かい!」
 突然後ろから、藍染の声が飛んできた。
「あいぜん!」
 そのとたん、市丸を目指していた日番谷の足は、迷いもなく軌道を修正し、駆け寄ってきた藍染の胸に、まっすぐ飛び込んでいったのだった。
(ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!)
 市丸の横を素通りし、親切そうに膝をついて両手を広げる藍染の腕の中に、日番谷は子供のようにすっぽりとおさまった。
 追いかけてきた女の子達がその姿を見て、きゃーvvと黄色い悲鳴を上げる。
 最短距離なら、自分の方が近かったのに。
 自分の方が、先に助けに来たのに。
 そっちに行くんかい!と、市丸は心底、気分を害した。
 その上こんな時ながら、踵を返した日番谷のミニスカートの裾がふわりと舞って、チラッと中が見えそうになったところをガン見してしまった自分にも腹が立った。
 その猛烈に可愛い日番谷の身体を、自分ではなく藍染が、鼻の下を伸ばしてしっかりと抱き締め、その感触を味わっていると思うと、本当に腹が立った。
「大丈夫かい、日番谷くん。君たち、ダメじゃないか。全然介抱じゃないだろう、これ」
 優しくたしなめる藍染に、女の子達も素直に、すいません、日番谷隊長があんまり可愛くて、と頭を下げる。
 藍染の心の中など、お見通しだ。
 いい人ぶっているが、内心では役得にニヤついているに違いないのだ。
 人のことは言えないけれど。
 いや、言えないからこそ、わかる。わかるからこそ、その役を奪われて、ムカつく。
 奪われたというよりは、日番谷が市丸ではなく、藍染を選んだのだ。それも最高に、腹が立った。
「大丈夫かい、日番谷くん。さ、行こうか?」
「ああ…すまん、藍染」
「どこ行かはるおつもりですの、おふたりとも」
 だから、思わず意地悪な声が出た。
 二人が同時に振り返り、「なんだお前いたのか」とでも言うような目で見たから、ますます腹が立って、立ち過ぎて、すうっと頭が冷たくなった。
「まるで、お父さんと子供やね」
「な、に…!」
「市丸」
 日番谷がカッと目を見開き、藍染がたしなめるような目で見てきたが、口は止まらなかった。
「十番隊長さんは、五番隊長さんに抱っこされとったら、安心なんやね?そのままお父さんのお布団で眠らせてもらわはるおつもりなん?ずい分可愛え隊長さんや。女の子達が喜ぶのもわかりますわ」
「誰がお父さんだ、誰が子供だ、バカにすんな!」
「日番谷くん…相手にしなくていい」
「せやけど、五番隊長さんのお部屋行かはるおつもりなんですやろ?女の子達に飲まされて、お父さんに介抱されて、ほんまに可愛え隊長さんや」
「そんなんじゃねえよ!」
「足元ふらふらや」
「ふらふらじゃねえ!」
 市丸の挑発に簡単にのって、日番谷は藍染にすがっていた手をぱっと離した。
「日番谷くん…」
「大丈夫なん?お父さん、心配してはるよ?」
「大丈夫に決まってンだろ、お父さんとか言うな!」
「そうですか。失礼しました。…ところで、キミのお部屋はこっちやけども。どないしはりますか、五番隊長さんと一緒に行かはる、それとも自分のお部屋に帰らはりますか?」
「もちろん、自分の部屋に帰るさ!」
「日番谷くん…休んでいった方がいいよ?」
「休んでいかれた方がええて言うてはるよ」
「平気だ。ひとりで帰れる!」
「さすが、最年少でも隊長さんや」
「市丸!挑発するのはよせ。日番谷くんも、のるんじゃない」
 日番谷をお持ち帰りできなくなりそうな展開になり、藍染が内心で舌を打っているのが聞こえるようだ。
 市丸は楽しそうに唇の端を吊り上げて、
「せやけどひとりで帰れる言うてはりますよ、五番隊長さん。残念ながら、お役御免やね」
 藍染の目に、呆れたような色が混じった。
 そこまで粘るのか、そんなに日番谷を気に入ったのかと言いたいのだろう。
 市丸は答えるように、ただ微笑んだ。
「…君なんかに任せられないよ。僕も行く」
「心配やから一緒に来る言うてはるよ、どないする、十番隊長さん?」
「来なくていい!」
「来なくてええ言うてはりますけども」
「無理しちゃダメだよ。そんな状態で市丸隊長と二人きりになったら、何をされるかわからないよ?」
「無理なん、十番隊長さん?」
「無理じゃねえって言ってるだろ!平気だったら!」
「平気や言うてはる」
「ああもう、いちいち間に入らなくていいよ、市丸隊長!」
 藍染にジロリと睨まれたが、知らん顔をした。
 ク、ク、ク、と笑いたいのを必死でこらえ、
「ほな行きましょか、十番隊長さん?」
「ああ」
 ふらふらのくせに、日番谷は精一杯胸を張って、壁に手をつきながら、歩き始めた。
「あとは任せてな、五番隊長さん。おやすみなさい」
 その後ろをゆったりとついてゆきながら、市丸は藍染を振り返り、にっこり笑って会釈をした。
 藍染は呆れたような顔で腕を組んで立っていたが、声には出さずに唇だけの動きで、『ほどほどにしておくように』と言った。
 市丸は手を振ってそれに応え、可愛い後ろ姿に視線を戻す。
(子供いうこと、やっぱり気にしとるんやな。気ィ強うてプライド高い子ぉや。ま、そうやないと、こないな仕事できへんけども)
 あとはどうだろう。小さいとか、若いとか、挑発する言葉としたら、そんなところか。
 幼馴染というのも、キーワードのようだった。
 日番谷の刺激的な後ろ姿を見ながら、日番谷についてあれこれと考えていると、遠くから笑い声が近付いてくるのに気が付いた。
(…あかん。部屋に着くまでに、この子のこの格好、見られてまう)
 抱き上げたら怒るだろう。だが、こんな格好を皆に見られることだって、嫌なはずだ。
 市丸は即座に羽織を脱ぐと、有無を言わせず日番谷をくるんで抱き上げた。
 あっと思った時には世界がぐるりと回り、日番谷は温かくて心地良い匂いのするものに包まれた。
 無理矢理立って歩いていたため、誰かにしっかりと身体を支えてもらったことに、無意識にホッとして力が抜けた。
 その誰がが市丸で、今の今、さんざんバカにしてきた腹の立つ相手だとわかっていても。
 そのまま高速で移動するのを感じて、日番谷は大きな力に必死でしがみついた。
 女の子達に子供扱いされるのが嫌で、無理して飲み過ぎた。頭がクラクラしてうまく働かない。
 しなければいけないこと、するべきことが色々とあるはずなのに。
 たとえば…そう、この心地よい腕を振り払って、一人で歩けると言わないといけない。
 一人で歩いて…、行くその先は、市丸とふたりの部屋だということに思い至り、今以上に頬が熱くなるのを感じた。
 市丸は、最初の印象はまずまずだったのに、今はもう最悪だ。とても嫌な野郎だ。決して弱みを見せてはいけないタイプだ。
 この最悪の状態の時に最悪だ、と日番谷は思った。
 あんな安い挑発に乗ったりしないで、藍染のところへ行けばよかった。…今頃思っても、もう遅いのだが。
 それよりこの心臓の脈打ち方は、一体何なのだろう。
 緊張しているからだけとは思えない、異常なまでの速さだ。
 自分の鼓動に飲み込まれそうなくらい、さっきからガンガン鳴っている。
 そのせいでよけいに集中できなくて、頭が回らなくなっていることに日番谷がようやく気が付いた時、そっと身体が柔らかなところへ下ろされた。
 頭の上からかぶせられていた布から顔を出すと、どうやら部屋へ着いたらしい。
 ゆったりした洋風の部屋の、ベッドの上にいた。
 本当はこのまま横になっていたかったが、日番谷は気力を振り絞って起き上がり、壁に背もたれて座って市丸を目で探した。
 市丸は冷蔵庫から水を出し、グラスに注いでいるところだった。
 隊首羽織を羽織っていないところを見ると、自分をくるんでいるこの巨大な布は、市丸の羽織なのだ…そう気が付いて、日番谷は慌ててその布を身体からはがした。
「起き上がって大丈夫なん?」
 自分の羽織をポイと放られても苦笑もせず、市丸はごく平静な顔でグラスを差し出してきた。
「一人で帰れるって言ったろう」
 乱暴にグラスをとって飲み干すと、人心地ついた。
「そうやね。おかわり、いる?」
「いらねえ」
「そう」
 市丸は日番谷の手からグラスを取ると、もう一杯水を入れて、窓際の方へ歩いて行った。
 その水を飲みながら、窓の外をぐるりと眺めている。
「なんかいいもん見えるのか?」
 日番谷の言葉に市丸は振り向くと、にこりと笑った。
「うん。ええ眺めやで」
 元気だったら、その「ええ眺め」とやらを確かめに行きたいところだったが、今はベッドを下りるのも面倒で、そうか、とだけ答えた。
 市丸はまたぶらぶらと歩いてきて、日番谷の正面でピタリと止まると、
「…あんな、キミはまだ隊長さんなりたてで知らんようやから教えといたるけども、十二番隊長さんには、気ィつけた方がええですよ?」
「涅だろ?それくらい、知ってるよ」
「今日は五番隊長さんと同じお部屋なんは、知らんかった?」
「…!」
 そうか、そういえばそうだった。藍染の部屋へ行ったら、涅もいるのだった。
(あれ?それでこいつ、藍染と一緒に行かないように、あんなこと言ったのか?)
 うっかりそう思いそうになったが、そうだったとしても、あんな言い方はないだろう。
 だからなんだという思いを込めて睨みつけるが、市丸は全く気にした様子もなく、
「五番隊長さんも、運の悪いお人やね。まあ、ボクは、運やのうて、気難しい十二番隊長さんのお相手に選ばれてもうたんやと思うけども。五番隊長さんは、ようできたお人やから」
 楽しそうに世間話のような話を始めた市丸に、日番谷は少し身体の力を抜いて、体重をいっそうヘッドボードに預けた。
 さっきは敵意にも近い悪意をあからさまにぶつけてきたのに、今はそれをまるで感じない。…よくわからない男だ。
 ペラペラとよくしゃべるが、その声や話し方は柔らかで、市丸の独特の言葉には流れるようなリズムがあり、話そのものもおもしろくて、黙っていてほしいような体調なのに、不思議と嫌ではなかった。
 逆に、ほとんど初対面に近く、色々とあった今、黙っていられたらちょっとキツいな、と思って、ああ、それでこいつはこんな意味のないようなことをベラベラと話してくれているのか、と気が付いた。
 そんなことは一言も言わないが、さっきは悪かった、うまくやっていこう、…と、いうつもりなのかもしれない。
(…やっぱり、変なヤツ)
 うまくやっていきたいのなら、最初から喧嘩など売らなければいいのだ。
 日番谷は市丸の話をぼんやりと聞きながら、さっさと寝てしまいたいような、もう少し市丸とのこんな時間を楽しんでいたいような、不思議な気持ちになった。
(俺があんな、目が回るほど大量の酒なんか飲まされてなかったら、もっとゆっくりとこいつと話もできて、色々聞けたんだろうにな。…こいつは、俺が隊長の立場で、こんなふらふらになるまで飲んだことを諌めるつもりで、あんなふうに言ったのかも。…そうだとしたら、それは、確かに、もっともだ)
 そんな風に考えたら市丸に対して反発していた気持ちも少し柔らかくなってきて、代わりにまた、よくわからない気持ちが湧いてきた。
 とりとめもない話をしているだけなのに、その声には、何か訴えかけてくるような響きがあるように思えて、それが日番谷を安心させると同時に、ドキドキさせる。
(…参ったな…なんで俺、こんな早くに部屋に戻っちまったんだろう…)
 ふたりきりでいることを意識し出したら止まらなくて、どんな顔をしていいやら困っていると、ずっとしゃべってくれていた市丸の言葉が、ふいに途切れた。
(…?)
 視線を戻すと、いつの間にか市丸が、じっと日番谷を見ていた。
 いつもの笑顔なのに、心の中を覗き込まれるような、落ち着かない気分にさせる視線だった。
「…なんだよ…?」
 耐えられなくなって口を開くと、
「…可愛えね、キミ」
「…!」