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Fall in love−2

 センターでは、大方の男性死神の憧れの的である松本が、肌も露なセクシーな衣装で堂々と歌い踊っている。
 その両サイドに並ぶ女性死神達も、皆ヒラヒラの超ミニスカートで、踊る度に舞い上がるスカートの裾に、男達が一斉に舞台の下に押し寄せた。
 だが市丸の目は、その後ろで不機嫌そうに踊っている日番谷に釘付けだった。
 名前は呼ばれたがそこに朽木の姿はなく、他の男三人は、女の子達と同じようなミニスカート姿だった。
 ウケ狙いかと思われたが、案外女の子達の黄色い声援を集めているので、女の子へのサービスなのかもしれない。
 前で元気に歌い踊っている女の子達と違い、男3人はずっと後方でぽんぽんのような物を両手に持って、曲に合わせて身体を揺らしているだけだったが、これもサービスなのか、女の子達がくるりと回る時だけ、一緒にクルリと回った。
 ミニスカートでくるりと回るため、こちらもその度その中が見えそうだ。
 思わず手にした猪口を放り投げ、男達をかき分けてかぶりつきの席に突撃しようかと思ってしまった市丸だったが、立ち上がりかかる一瞬前、バシッと日番谷と目が合った。
 気がした。
 観客席にいる方は、お目当ての相手とそうなったと思いがちなので、実際に見ていたかどうかはわからないが、その瞬間市丸は少しだけ自分を取り戻し、日番谷にそんな飢えた狼のような姿は見せられないという理性が働いた。
(いや、案外あっちからは、見えへんよ!羽織脱いだったら、誰かわからへんのとちゃう?)
(いやいやいや、さすがにわかるて!女の子のスカートの中覗き込んどる思われたら、最悪やで!)
(てゆうか、女の子邪魔や!十番隊長さんの可愛えあんよが見えへん!)
 色々な葛藤が心の中で渦巻いたが、なんとか理性は持ちこたえた。
 瞬きするのも惜しいほどガン見し続けていた市丸だったが、やがて一曲終わると後ろの三人はさっと袖に引っ込んで、奥からゆったりと朽木がタキシードで現れ、男達の野太い大歓声は、女の子達の悲鳴のような歓声に変わった。


「なんだよ、朽木だけ衣装が違うじゃねえか!詐欺だろ、これ!」
 袖に引っ込むなり日番谷は、目を吊り上げて吉良に怒鳴った。
「す、すいません、僕もまさかこんなこととは…」
 同じ衣装を着せられているのだから、吉良も同じ被害者だろう。
 日番谷はチッと舌打ちをして、やり場のない怒りに拳を震わせた。
 今度の親睦旅行の出し物に、見目麗しく人気のある男性死神数人にも協力をしてもらいたいという依頼を受けた時は、スカートをはくなどとは聞かされていなかった。
 自分が見目麗しく人気があるかどうかは定かではないと思ったが、朽木も出ると聞いては、断るのもためらわれた。
 女の子達の後ろでぽんぽんを持ってリズムに乗って身体を揺らし、ターンするところだけ、一緒に回ってくれたらいいと言われていただけで、それでも許容範囲のギリギリだった。
 それなのに、まさか。
 日番谷は隊長になりたてだったし、これも女性死神協会との親睦のため仕方ないとは思ったが、隊長の身で、まさかこんな恥を晒すマネをさせられるとは。
 同じ隊長の朽木がタキシードというのも、しつこいようだが納得いかなかった。
「あの、朽木隊長は、自ら歌を一曲歌うと申し出られたみたいで、そのためにお一人別の衣装だったのではないかと思われます…」
 花太郎が遠慮がちに言うのを聞いて、ため息が出る。
 スカートを穿かされるのを逃れるためなら、一曲歌った方が、まだマシだ。
 さすが隊長歴が自分よりは長い朽木は、そのへんの勘が働いたのだろうか。
 そうなると、まだ自分が未熟だったということなのかもしれない。
(まあ、どうせ誰も後ろの男なんか、見てねえだろうけど)
 せいぜいそう自分を慰めかけて、ふと市丸の顔を思い出し、頬がカーッと熱くなった。
 気のせいかもしれないが、途中何度か、目が合った。
 気がする。
 かぶりつきの男達の熱い熱気の向こうで、東仙と二人並んで静かに席で見ていた市丸の視線は、気のせいか、前の女の子達を通り越して、自分に向けられていたような…?
(まさか)
 持っていたぽんぽんで半分顔を隠していたし、会場の皆の顔など、見たくもなかった。
 だが、イヤイヤながら舞台に上がり、会場を見渡した瞬間、市丸の顔が、ぱっと目に飛び込んできた。
 隊長だから前の方の席にいたせいもあるが、黒い死覇装の集団の中、銀色の髪と白い羽織はよく目立ち、そうでなくても、
(う〜、クソ、あいつにこんな姿見られた…恥ずかしい…)
 初めて会った三番隊長の市丸はとても印象的で、無意識に彼の顔を探してしまっていたかもしれない。
 パッと見た瞬間は、何かよくわからないが、得体の知れないものを感じて、警戒した。
 だが、話し始めた本人から感じたのは敵意ではなく、好意と言ってもよいものだった。
 すぐ後に来た松本に向けられた優しい空気にも、心が安らぐようなものを感じた。
 それでいながら、そばにいると落ち着かなくなるような、緊張するような、何と言っていいのかわからない、独特のオーラをまとっていた。
 終始笑顔だったのに、全てを見られているような、何かを奪われそうな危機感を、ひしひしと感じた。
 落ち着くものと落ち着かなくなるものを両方同時に持っていて、そのギャップに戸惑った。
 その全てを簡単に一言にまとめると、「気になる」。
 そんなところだろうか。
(…俺、あいつと同室なんだよな…?どうしよう…)
 苦しいほどドキドキしているのは、舞台が恥ずかしかったからだけではないが、もう絶対に耐えられないと思って、日番谷は次の舞台のために袖でスタンバッっている吉良と花太郎を尻目に、素早く衣装を脱ぎ捨てて死覇装に戻り、次の出番を放棄して逃げ出した。
(向こうも騙したんだし、一曲分は出たんだから、責任は果たしただろう)
 女性死神協会の出し物が終わるのに十分な時間が過ぎるまで、日番谷はみつからないようにひとりこっそりと、旅館の周りをブラブラ歩いて過ごした。


 朽木が引っ込むと、再び男性ダンサー達が後ろに現れたが、その中に何故か日番谷の姿だけなかった。
 あわよくば衣装チェンジ、そうでなくてももう一度あのミニスカート姿を楽しみにしていたのに、市丸は心底がっかりした。
「何が裏方やねん。確かに後ろやったけど、出演しとるやん。そういうの、裏方言わんやろ?こないなことやったらボクも準備のお手伝いに行ったのに、イヅル教えてくれへんもん。ひどいわ」
「…それ、見透かされてたんじゃないのか?」
 東仙の鋭いツッコミも聞き流し、市丸は席を立とうかどうか、迷った。
 もう日番谷が出演しないなら、舞台を終えた日番谷を探しに行きたかったが、まだ出演するのなら、なんとしても見たい。
(イヤ、出えへんやろ。あれはどう見ても、エスケープやろ)
 第一、この一曲で、恐らく出し物は終わりだろう。
 せいぜいあって主要メンバーのアンコールだか記念写真のサービスだかをするくらいに違いない。
 その時に日番谷が再び登場するとは、考えづらかった。
 市丸はふらりと立って、日番谷を探しに宴会場を出た。


 日番谷が宴会場に戻ると、舞台では次の出し物が始まっていた。
 ホッとしてそ知らぬ顔で席に戻ろうとすると、途中で藍染に呼び止められた。
「日番谷くん、舞台、お疲れ様。三曲目、もう一度出てくれるかと思ったのに、残念だったな」
「出てられねえスよ、あんなの」
 吐き捨てるように言って隣に座ると、藍染はにっこりと笑ってウーロン茶のコップを渡してくれた。
「あんな格好させられるなんて、聞いてねえスよ。何が楽しいんだか、全く」
 藍染は雛森の憧れの上官だったし、すでに何度も会って話をしていて、気安くもあった。
「ははは。こういう席ではね、普段見られない姿を見ると盛り上がるんだよ」
「だからって、趣味悪ィ」
「そんなことないよ。大丈夫、良かったよ」
「あんまり慰められねえ、ソレ」
「慰めてないよ。褒めてるんだよ」
「余計嬉しくねえ」
 それに、女の子達のミニスカートに群がる男達の姿にも、げんなりした。
 浅ましいとしか言いようがないし、幾多の死神達の上に立つ上位死神にしては、品位も節度も全く感じられなくて、欲望剥き出しのその様が、同じ男として情けなく思えた。
 松本などはそれを逆手にとって上手く生きていることに感心するが、まだまだ自分はその域には、到底達することはできそうになかった。
 とはいえ隊長クラスはさすがに皆節度があって、京楽ですら、きちんと席に座っていた。
(…市丸も)
 当たり前と言えば当たり前だが、去り際に松本が鼻にティッシュを詰めろとか何とか市丸に言っていたのがチラッと聞こえたので、相当な女好きなのかとちょっと思っていた。
 それに、隊長の中でも市丸は若い方だったから、ノリがそのへんの男達に近くても仕方がないかもしれないとも思わなくもないが、そうだったらちょっとがっかりだった。
 だがそうでなくて、ちょっとホッとしている。
(あれ、あいつ、どこ行ったんだろ)
 藍染と話しながら、視線だけで市丸を探すが、東仙の隣には誰もいなくて、見たところ、どこにも姿が見当たらない。
 あんな姿を見られた後で、顔を合わせるのも恥ずかしいけれども。
「あれ、日番谷くん、誰を探してるの?もしかして、」
「あっ、シロちゃん、みつけたー!」
「隊長〜!なんで途中で逃げ出しちゃうんですかー!ダメじゃないですかー!」
「げっ、雛森、松本!」
 そして何故か後ろに、浮竹と京楽もいた。
 日番谷は逃げようと腰を浮かせかけたが、その前に皆に囲まれてしまう。
「シロちゃん好評だったのに、どうして逃げちゃうのー!可愛かったのに〜!」
「ヤメロ気色悪ぃ。やってられるかっつーの」
「隊長のために、女の子達が徹夜で衣装作ったんですよ!」
「知るか、詐欺だろ!」
「いや、日番谷くん、とても似合ってたよ!」
「変態か、あんた!」
「いや〜でも、女の子達のお願いはきいてあげないとダメだよ〜」
「他人事だから言えるんスよ、それ!アンタ自分がその立場だったらやるんスかっ!」
「僕があんなカッコしたら、本物の悲鳴が上がっちゃうし」
「……」
 京楽の一言で、皆が一瞬、黙った。
 色々怖い想像をしてしまったようだ。
「ま、ともかく罰ですよ隊長、ここは飲んでもらいますからね!」
 いち早く復活した松本が、提げていたとっくりをどんとテーブルに置くと、浮竹が、
「ダメだよ、日番谷くんは、まだ子供なんだから」
「誰が子供だ」
「そうそう、せっかくの席なんだから、ちょっとくらい大丈夫さ」
 京楽が楽しそうにウインクして言った。
「えー、シロちゃん、大丈夫なの?」
「シロちゃんじゃねえ」
 大人が酒を飲みたい気持ちが今ちょっとわかったような気がして、雛森の心配そうな顔も男のプライドに障って、日番谷はテーブルにあったコップをとって松本に差し出した。
「そうこなくっちゃ、隊長vv」
「ちょっとだけだよ、日番谷くん」
「うるせえ」
 ぐっとひとくち煽ると、カーッと身体が熱くなった。
 思わずムセそうになるのを根性で抑えたところで、
「藍染隊長、お疲れ様です〜!」
「浮竹隊長、一杯どうぞ!」
「京楽隊長、いつもお世話になってま〜すv」
「日番谷隊長、何飲まれてますか?」
 にこにこと挨拶をしながら、女の子達が手に手に酒の瓶を持って、どどっと押し寄せてきた。
「やあ、君達も、お疲れ様」
「ありがとう、俺は少しでいいよ」
「いやあ、綺麗な花たちが集まったなあ〜」
「…え〜と、なんでもいいけど」
 さすがにそういうことに慣れているらしい他の隊長達の中で、日番谷は戸惑ったが、毅然とした態度を貫くしかない。
 だが、比較的遠慮がちだった他の者達と違い、
「日番谷隊長、すっごく可愛かったです!」
「似合ってました〜!可愛かったです!」
「もう、あんまり可愛くて、夢に見ちゃいそうですvv」
「素敵な企画でしたvv可愛くて、良かったです〜!」
 集団で来る女の子達には、怖い物などないかのようだった。
 可愛い可愛いと大合唱され、クラリと眩暈を覚えそうになる。
 挙句には、なぜ三曲目には出なかったのかとか、またああいう格好をしてほしいとか、髪に花を挿したらそれも可愛いとか、言いたい放題に言われても、圧倒的多数の女子に敵うわけもなく、ああ、えっと、いや、あれは、などと押されてしまう。
 その間に次々と酒を注がれに注がれまくり、一口飲んでは酌を受けを繰り返している間に、わけがわからなくなってきた。
 日番谷くん、大丈夫かい?という藍染の声が聞こえ、伸ばされた手の袖をぎゅっと掴んで顔を見上げると、グラッと視界が大きく揺れた。