.

Fall in Love−1

 護廷十三隊・隊長副隊長席官達の、親睦会を兼ねた一泊二日の慰安旅行が行われた。
 有無を言わせず全員参加・部屋割りも日程も、決められた通り。
 あまりそういうことには興味のない市丸は、当日までその詳細について書かれたしおりには目も通さず、ふらりと参加して、ふらりと帰るつもりだった。
「上位の死神には女の子も少ないし、いても気ィの強いのばっかで、男よりも怖いやんなあ。こないごつい男だらけの宴会なん、なんもおもろないと思わへん?なあ、要ちゃん?」
 酒飲み達は、そんな宴会でも、早くも盛り上がっている。
 そこそこ酒は飲める方である市丸だが、本来酒より花の方が好きなタイプで、かといって、京楽のような女好きでもない。
 どうやって誰が決めたのか、宴会の席もあらかじめ決まっていて、たまたま隣になった東仙に酒を注ぎながら、市丸はタメ息をついた。
「親睦を深めることが目的なんだから、そんなこと言ってないで、君も誰かと話してきなよ。こういう機会でもないと、なかなか他隊の隊長や副隊長とも、のんびり話す機会もないだろう?」
「そらそうやけど、別にそうまでして話したい相手もおれへんしなあ。要ちゃんは、お部屋誰と一緒なん?」
「六番隊の朽木隊長だよ」
「ええ〜っ、めっちゃええやん!大当たりやん!朽木隊長やったら、ボクが同室になりたかったわ〜。あの人だけやもん、多少なりとも一緒に居って目の保養になる男の隊長さん。あっ、要ちゃんは別やで?」
 馴れ馴れしく身を寄せてくる市丸を素っ気なく押し返して、東仙はタメ息をついた。
「私は目が見えないから、顔の美醜など関係ないよ。でも、部屋割りでいったら、君だって当たりなんだろう?十番隊の、日番谷隊長だっけ?藍染隊長が、羨ましがっていたよ」
「藍染はんはマユリちゃんと同室やもん。それ基準にしたら、誰が相手でも当たりちゃう?…てゆうより、ボク十番隊長さん、知らんねん。この間就任しはったばっかりの、最年少隊長さんやゆう話は聞いてるけども」
「そういえば君は、彼の就任の挨拶の日、任務に出ていていなかったんだっけ?」
 厳密に言えば、任務から帰ったばかりだったので、寝坊して間に合わなかったのだが、市丸は神妙に頷いた。
「その後もゴタゴタしてて、結局まだ顔も合わせてへんねん。初対面やのにいきなり同室なん、人見知りのボクには荷が重いわぁ」
「よく言うよ。君より日番谷隊長の方が、よっぽど可哀相だよ。隊長になりたてなんだから、苛めないであげなよ?」
「しゃあないね。ほんなら、ご挨拶にでも行こかな。十番隊長さん、どこにいてはるんやろなあ」
 ふらりと立ち上がると、東仙が、「すぐわかると思うよ、小さな少年らしいから」と言った。
 隊長になったのだから実力はあるのだろうが、『小さな少年』と話が合うとも思えない。
(難儀な親睦旅行やなあ…)
 それともこれは隊長就任の挨拶の日に寝坊をした自分への罰として組まれた部屋割りなのだろうか。そんな気もする。
 ともかく市丸は席を立つと、見知った顔のところへふらふらと挨拶をして回りながら、日番谷を探した。
「あ、市丸隊長。誰か探してるんスか?吉良だったら、さっきウチの隊長とあっちで話してましたけど」
 キョロキョロしていると、六番隊の阿散井に声をかけられた。
「ん〜、イヅルやのうて、十番隊長さん探してるんやけど。どこにいてはるか、キミ、知っとる?」
「十番隊…、あ、日番谷隊長スか?」
 にこやかだった阿散井の顔が、その名を聞いて、ちょっと面白くなさそうな表情になった。
「日番谷隊長でしたら、そこっスよ。いいスよね、ただでさえ女の子少ないのに、独り占めスよ」
 指さす方を見ると、確かに女の子達が群がっている中心に、小さな男の子がいた。
 女の子達は男達よりも身体が小さいし、その群れの中にいたために、小さな少年でも目立たなくてみつけられなかったらしい。
 見目的に、女の子達に遜色ない可愛い顔立ちをしていたせいもあった。
(あらら、これまた可愛え子ぉやねえ)
 顔もそうだが、サイズも可愛い。
「ホンマに子供やん。阿散井くん、ヤキモチやいてもしゃあないで。女の子の関心集めるのに、子供にはかなわへんよ?」
「子供っていっても、隊長様っスよ」
「隊長様でも、子供やて。本人は女の子に興味あれへんみたいやで。ほれ、逃げ出した」
 大人の男だったら、女の子に囲まれたら鼻の下を伸ばして喜ぶところだろうが、子供の日番谷は、嬉しくもなんともなかったらしい。もっとも、女の子達が群がっている理由も、男に群がっているのとは、別の理由なのだろう。
 女の子達の中にいる間は声がかけられないなあと思っていたが、本人が出てきてくれたので、市丸はチャンスとばかりにゆったりと日番谷に近付いていった。
「こんばんは、十番隊長さん。楽しんではる?」
 声をかけた瞬間、大きな碧色の目がさっと走って、市丸を捉えた。
 予想以上に大人びた、鋭さと幼さを併せ持った瞳。
 しかもその瞳は見たこともないほど印象的に美しい色をしていて、市丸は思わず、その瞳に魅了されて絶句した。
 そんなことは、生まれて初めてだった。
 市丸がにこやかに挨拶したまま固まってしまったことには気付かずに、日番谷は市丸の姿をざっと見ると、
「あ?…ええと、もしかして三番隊の、市丸隊長?」
 まさか自分を知っていてくれたとは。
 考えてみたら彼の就任の挨拶の時にいなかったのは市丸だけで、今見知らぬ隊首羽織を来た男がやってきたら、消去法で三番隊隊長だろうと予想することくらいはたやすいだろうが、その口が、その可愛い声が自分の名を呼ぶのを聞いただけで、心臓の鼓動が、とんと大きく脈打った。
 市丸はその予想外の胸のときめきに動揺しながらも、これ以上ないくらい笑顔を振りまいて、
「ご挨拶遅れまして失礼しました。三番隊隊長の、市丸ギンです。以後、よろしゅう」
「日番谷冬獅郎だ」
 挨拶しながら手を差し出すと、日番谷は何のためらいもなく手を出して、握手に応えた。
(ウワ、ちっさ!握りつぶしてしまいそうや)
 ただ子供の手を握るくらいでは、ここまで緊張はしない。
 日番谷の大人びた雰囲気とその小さな手にギャップがありすぎて、そこに緊張する。
 いや、彼の肌に触れたこと自体に舞い上がってしまっているのかもしれない。
 握手を解くのが、名残惜しい。
 彼を抱き締めたい衝動を抑えるのに、大慌てでありったけの理性をかき集める必要があった。
「隊長業務には、慣れはった?」
「ああ、まあ、ぼちぼち」
「十番隊の副隊長さんは、ボクの昔馴染みなんよ。よろしゅうしたってな?」
「ああ、そうらしいな。彼女はよくやってくれている。助かっているよ」
「おおきに。キミみたいな隊長さんの副官になれて、乱菊も幸せやわ。気ィ強うてわがままやけど、乱菊はあれで苦労してきとるんよ」
 市丸の言葉に、日番谷の表情が、ふっと優しく柔らかくなった。
 つられて市丸も、その笑顔にいっそう優しいものを織り交ぜた。
「お前、三番隊の隊長になる前は、五番隊の副官だったんだってな?」
「よう知ってはるね。…ああ、そういえば、十番隊長さんは、今の五番隊の副隊長さんの幼馴染でしたっけ?」
「…お前こそ、よく知ってるな」
「そらもう」
 答えながら、ああそうか、と市丸は思った。
 日番谷もその幼馴染を、大切にしているのだ。
 同じように幼馴染を大切にするような市丸の発言に、日番谷はその厳しい表情を緩めたのだ。
「せやったら、お近づきの印に、一杯」
 言いかけたところで、
「あらっ、市丸隊長、お久し振り〜〜」
 ちょっといい雰囲気になりかかったと思ったところで、明るい声が飛んできて、グラマラスな美女が市丸の肩を叩いた。
「あ、乱菊。元気やった?今日はお肌もツヤツヤで、一段と綺麗やね」
 酒の席になると松本は張り切って、それはもう生き生きキラキラし始めるのだ。
 その軽い皮肉と純粋なお世辞と、ほんの挨拶のつもりで言ったのだが、
「ギンはなんかニヤけてて、一段と怪しいわね。ウチの隊長に変なことしないでよ!?」
 これは、女の勘だろうか。
 意地悪しないでとかいう意味にしても、せっかくいいイメージを持ってくれそうな感じだったのに、台無しだ。
 最初の印象というのは、とてもとても大事なのだから。
「ええっ、ちょう待ちい!ボクら今初対面なんやで!変な印象もたせんといて!」
 慌てて市丸は言うが、
「なぁ〜によ、今更。いつもそんなこと気にしないくせに、隊長にだけいい印象もってもらおうなんて、ますます怪しいんじゃない?」
 またしても鋭いことを言ってくる。
「乱菊も相変らずやね。男泣かせる天才や。今日もこの席で何人の犠牲者が出るか思うと、ボクも同期として、泣けてまうわあ」
「失礼ね!泣かせる意味違うじゃない、それ!」
「乱菊はザル過ぎや。そこらの男じゃ、敵わへん」
「あんたに言われたくないわよ!」
 なんとか話を逸らしたはいいが、日番谷が自分達のそのやりとりに唖然としているのに気が付いて、市丸は焦った。
「…こんな子ぉやけど、よろしゅう頼むな?ボクの分も、頑張って…」
「あんたの分て何よ!」
 酒の入った松本がますますヒートアップしてきたところに、救いの神のように、吉良が来た。
 だが吉良は、珍しく市丸に用ではないようで、市丸に軽く会釈をしてから、遠慮がちに、
「あのう、日番谷隊長、松本副隊長、そろそろ…」
「もうそんな時間か」
「気合い入れなきゃね!」
 今から親睦を深める気満々だったのに、吉良に呼ばれると、日番谷は嫌そうに、松本は楽しそうに言って、立ち上がる。
「あれ、キミらどこ行くん?」
 市丸の問いかけに、日番谷は「ちょっとな」とだけ答えてさっさと行ってしまい、松本は意味ありげに市丸を振り返って、
「あんた、鼻にティッシュでも詰めておいた方がいいかもよ?」
「へ?」
 からかうようなその言葉を聞き流せなくて、市丸は慌てて吉良を捕まえると、
「何なの?十番隊で何か出し物でもやるん?」
「十番隊というか…女性死神協会の出し物の、お手伝いです」
「あの子も何かやるん?」
「あの子…日番谷隊長ですか?まあ、お手伝いを少々…」
「何かやるん?!」
「裏方ですけども」
「…そう」
 吉良の戸惑ったような答えに、自分の食いつき方が尋常でなかったことに気が付いて、市丸はさっと引いて静かに答えた。
「イヅルもやるん?」
「はい、まあ」
「頑張りや?楽しみにしとるで?」
「ありがとうございます。では」
 ぺこりと頭を下げて、吉良はさっさと行ってしまった。
(なんや、裏方なんか。残念やな。乱菊が変なこと言うから、期待してもうた)
 いや、本来なら、女性死神協会の出し物で鼻にティッシュを詰めておけと言われたら、日番谷の活躍を一番には期待すまい。
 ここで日番谷が裏方と聞いてガッカリするというのも、おかしな話である。
(あの子も遜色ない、いやそれ以上の可愛らしさなんやから、一緒に出たらええのに)
 何をするのかも知らないが、まだあまり話せないうちに日番谷を連れていかれて、市丸はがっかりして席に戻った。
 

「…要ちゃん」
「あれ、市丸。お帰り。日番谷隊長はどうだった?」
「どないしよう、ボク、恋してもうたかもしれへん」
「はぁ?」
「めっちゃ可愛え子ぉやった。心臓破裂しそうやった」
「日番谷隊長が?」
「あないに可愛らしいとは、予想外やった。ひと目惚れてほんまにあるんやね。フォールインラブゆう言葉も、こういう時に使うんかな」
「市丸…ひ、日番谷隊長って、男の子…」
「びっくりするほど綺麗な碧の目ぇやったよ。とても子供とは思われへん。隊長さんなったのも、納得や。乱菊にも、大事にされとるみたいやった」
「…」
 東仙の動揺とドン引きにも全く気付くことなく、市丸はほんわりと夢の世界に飛び立っていたが、やがて舞台の準備が進み、会場が騒がしくなってくると、ハッと気付いて顔を上げた。
「要ちゃん、そういえば女の子達で何か出し物やるんやって。見られへんで、残念やね?」
「私は、そのようなものは」
「まあまあ、せっかく場を盛り上げようと頑張ってくれとるんよ?こっちも盛り上がって応えたらな」
「ああ、そうだな…」
 そうは言っても、女の子達の出し物で、他の男達が喜んでいるほどには、市丸もそれほど楽しみにしているわけではなかった。
 ただ、日番谷の姿がチラリとでも見れたらいいなあと思っていたくらいだった。
 やがて準備が整うと、八番隊副隊長の七緒がマイクの前に立った。
「さて、お待たせいたしました、女性死神協会からの出し物の準備が整いました」
 それだけで男達は一気にテンションが上がり、ウワーッというような歓声が上がる。
 七緒ちゃ〜んという掛け声もいくつもかかった。
 無礼講であるこんな席でもなければ、副官である七緒に憧れる者は多くても、そんな声を掛けることもできないのだから、皆ここぞとばかりに盛り上がっている。
 そういう場の司会に慣れているような七緒は、いっときの興奮が収まるのを待ってから、
「今回の出演は豪華なメンバーです。二番隊砕蜂隊長、三番隊吉良副隊長、四番隊虎徹勇音副隊長、山田花太郎七席、五番隊雛森副隊長、六番隊朽木隊長、十番隊日番谷隊長、松本副隊長、十一番隊草鹿副隊長、十二番隊涅ネム副隊長、十三番隊虎徹清音三席…」
 その紹介に、のんびり拍手をしていた市丸の手が、ピタリと止まった。
「十番隊長さんも、出るん?!」
 ひっくり返ったその声は、もちろん他の大歓声にかき消され、返事もなく、七緒の淡々とした司会が続く。
「護廷十三隊の綺麗どころを集めに集めた華やかな歌と踊り、どうぞ、お楽しみください!なお、舞台に上がること、写真撮影は厳禁とさせていただきますので、ご注意下さい」
 その言葉と同時に音楽が始まり、舞台の袖から、パッと出演者達が出てきた。
 とたんに上がったウオーッという大歓声は割れんばかりで、音楽が掻き消されるどころか、宴会場が揺らされるほどだった。
 その歓声の中に、あっとびっくり自分の声が混ざるなど、市丸も思ってもみなかった。