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宴〜EN〜−9

 市丸は十一番隊の輪の中に入ると、酒を注いでもらいながら、チラリと端の涅親子を見た。
 さして楽しくもなさそうに箸を動かすだけで、特に誰と話すということもない。
「なんで十二番隊さんがおんの?なんや、浮いとるように見えるんやけど?」
「さあな、あれで奴なりに楽しいのかもしれんぞ」
「ネムちゃんはあいかわらず、後ろで可哀相やなあ。せっかくの席なんやから、誰かこっち呼んできたったら?」
「それもそうだ!」
 何故かギラギラした目でこちらを見ていた斑目が、その言葉を聞いて嬉しそうに立ち上がり、涅の方へ歩いていった。
 何やら少し話してから、涅親子が二人してこちらへ移動してくる。
「げっ、マユリちゃんまで連れてきちゃったよ!」
 綾瀬川が嫌そうな顔をするが、斑目が立った段階で、こうなることは多少予想できた。
「ネムちゃんだけおいで、て素直に言うたったらええのにね?」
「それができるような男だったらねえ」
「ガラにもねえことすっからじゃ」
 微妙な顔をして戻ってきた斑目に、射場が声を殺して笑った。
(斑目クン、ネムちゃん呼びたくてこの二人誘ったンかいな?)
 十二番隊だけでなく、今回のこの会の面子がどうやって集まったのか、市丸は今ひとつ理解できなかった。
 日番谷主催と聞いているが、彼が呼びたがる面々でもなさそうに見える。
(ようやく結ばれた思たら任務に行ってもうて、帰ってきても顔も出してくれんとこないな会開いて、何考えとんのか、さっぱりわからへん)
 二人きりになるのを照れているのだとしても、せめて隣で飲ませてくれてもよさそうなものだ。
 日番谷がいなかったら、日番谷と話せなかったら、こんな会に出ても仕方がない。彼の顔が見たいばっかりに、来たくもない会にやって来たというのに。
(おらん間机に置いたったハートの恋文も、ノーリアクションやけど、見てくれたんやろか?)
 今日戻るか今日戻るかと、毎日通っては置いてきた。
 目に見える文字は書いていないけれど、ちょっと集中して霊気を読めば、文字として浮かび上がって感じ取れるようにしておいたのだ。
 一枚に、一文字。何枚も重ねて初めて、言葉になる。
 そんな手間隙かけた情熱も、読み取ってほしいところだ。
(読んだんやったら、絶対にボクとこ飛んでくる思うたんやけど、心に届かへんかったんかな?それとも、まだ気付いてへんねやろか?)
 いや、あんな目立つものが机の上にあって、気付いていないわけはない。
(あない情熱的な愛の一夜を過ごして、そこまでクールなキミがわからんわ。ボクなん、もう頭ン中、そればっかやのに。…ハッ、もしかして、強引やったの、まだ怒っとるんかな?…泣かせてもうたしなァ…)
 思い出して市丸は、反省どころか、ニヤけてしまった。
 あれほど素っ気なかった日番谷が、あの日突然、すとんと落ちた。
 煙るような雨がかけた、魔法のように。
 ストイックな彼が自分の腕の中で蕩けるように乱れてゆく様子は、なんとも言えず可愛かった。
 涙をためた、碧の瞳。甘く零れた、切ない吐息。しがみついてきた、震える指先。熱く火照って、上気した肌。
 その全てが、麻薬のように市丸を魅了した。
(…初モンやったし)
 それを思うと、隊長としての威厳どころか、顔を普通に保つだけで、一苦労だった。
(ああ〜、早ぅもう一度見たいわ〜。あの細い腰掴んだ時の感触も、忘れられへん〜)
 すぐそこに日番谷がいるのに、こんな会で酒など飲んでいることが、もどかしい。今すぐにでもさらっていきたい気分だった。
「市丸隊長!どうぞ!」
「あぁ?おおきに」
「ボクのお酒も、飲んで下さいネv」
「いただくわ」
 ふだんそれほどのつながりもないのに、さっきから斑目と綾瀬川が、やたらと酒を注いでくる。
(なんやねん、この子ら。しつこいわ。こんだけ付き合うたったんやから、そろそろ、ええやろ)
 市丸が日番谷のいる方へ行こうと腰を浮かせかかると、今度は檜佐木が酒を持ってやって来た。
「市丸隊長、飲んでますか〜?俺一度、市丸隊長とこうして飲んでみたかったんスよねえ!いけるクチすか?」
「たしなむ程度や。キミは、飲んどるの?」
「そりゃあ、もう!」
 檜佐木が立ったので、日番谷の隣が空いている。
 檜佐木に酒を注ぎ返すと、今がチャンスと、市丸は素早く立ち上がった。
「ほならボクも、向こうの隊長さんとこ、ご挨拶に行こかな」
 だが、市丸が来るのを見ると、空いていた日番谷の隣にパッと松本が移動し、今まで自分が座っていた京楽の隣を示して、
「市丸隊長〜ぅ、いらっしゃ〜い♪ここ、ここ、ここどうぞ!京楽隊長も、お待ちかねですよ〜ぅ!」
(なに邪魔しとんねん、乱菊!そこはボクの席や、どき!)
 市丸の心の声は聞こえているだろうに、松本は全く気付かないフリだ。
 隣の日番谷も、チラッとこちらを見るが、知らん顔をしてまた向こうを向き、手前の松本の大きな動作の向こうに小さな身体が隠れてしまう。
「乱チャン、ボク、十番隊長さんの隣座りたいねん。そこどいてくれる?」
 松本が相手なので遠慮なく言ってやると、松本も遠慮なく、
「アタシのお酒飲んでくれるまで、嫌ですよ〜ぅ」
「ボクのお酒も飲んでくれないかなあ?」
「市丸隊長、まだ始まったばっかりですよ!」
 松本に続いて京楽や、市丸の後から戻ってきていた檜佐木が言ってくる。
(なんでそないみんなしてブロックすんねん)
 おかしい。やっぱり、おかしい。
 日番谷主催で自分を呼んでくれたなら、何故近付かせてもくれないのか。日番谷と離しておきたいのなら、呼ばなければいい話だ。
 そもそもどういう集まりなのかも、わからない。
 涅がいるのも、おかしい。やたらと酒を注がれるのも、おかしい。
 涅で思い当たることといったら、最近では花札の負け分として、櫛をぶん取ったことくらいだ。
 彼がそれを根に持っていることは十分考えられるが、だからといって、それを取り戻すために皆が力を貸すなどということは考えられない。
 用もないのに涅がこんな会に来るわけはないし、涅の目的のために皆が集まったのではなく、皆の集まった目的と涅の目的の利害が一致したと考える方が妥当だ。
 もしも涅の目的が自分に関係あるとしたら、この会が何かしら自分にダメージを与える可能性を含んでいるもので、その様子を見て笑ってやろうとして来た…ということがまず考えられる。
 自分にダメージを与えられること…今思いつくのは、日番谷に関係することだけだ。
 日番谷に近付かせてもらえないだけでもダメージだが、そんな嫌がらせのためにわざわざ会を開くのもおかしいし、日番谷が協力するとも思えない。
 自分を日番谷に近付かせないで、酒で潰す…そんなことで何をしたいのか、目的など思い付かないが…、
 そこまで考えて、市丸はハッとした。
 まさか、しばらく会えない間に誰かが日番谷を誘惑して、自分から奪い取ろうとしているのでは…?
 酒で市丸の反撃能力を落とし、更木や京楽などの隊長格もいるこの場で、その誰かが日番谷との交際宣言をするつもりなのでは?
 それは市丸にとって、これ以上ない大打撃だ。いや、それ系以外で打撃を与える方法はないと言ってもいい。
 そんな市丸を見たら、涅も、それはもう大喜びだろう。
 皆がその誰かを応援しているのなら、こんな会を開いて市丸を呼び、それでいて日番谷の傍には寄らせず、やたら酒を飲ませようとする理由もつく。
 それほど中心となっている様子でもないのに、この会が日番谷主催と銘打たれていることも、乗り気ではなさそうながら、日番谷がこんな会に参加していることも、日番谷の名前を出して、日番谷本人ではなく、吉良を通して自分に声をかけてきたことも。
(…いや、日番谷はんは、そんな子や…あらへんと思うけども、…)
 自分がある程度嫌がられていたことはわかっているため、言い切る自信はちょっとないけれども、いくら自分を嫌いでも、こんな会を開いて、見せ物にするようなやり方を日番谷が思いつくとは思えない。誰か別の者が、日番谷を賭けて自分に勝負を挑んできているのだ…
 そう思ったとたん、市丸は座の一同の顔に、さっと目を走らせた。
 誰が何を考えているかは知らないが、こんな場でみすみす日番谷を奪われてたまるものか。
 この自分がこんなにじっくり時間と手間をかけて、大切に大切に関係を築き上げてきたのだ。
 日番谷はちょっと驚いたかもしれないけれども、あれは誰もが大人になる時に通る道だし、これからゆっくりとそちらの関係を深めてゆけるところまで、ようやくようやく辿り着いたのだ。
 自分のものに手を出されることは大嫌いだし、こんな会で自分を嵌めようとするなど、片腹痛い。
 市丸は注がれた酒をじっと見てから、それには口を付けず、顔を上げて、にっこりと皆の顔を見た。
「…なんや、キミらみんなしてボクのこと、酔い潰そうとしとるみたいやねえ?」
 案の定、その言葉で座の皆の顔が、ハッとした。