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宴〜EN〜−8

 日番谷が松本を連れ、勇気を振り絞って檜佐木に聞いた店に行くと、既に会は始まっていた。
「あ、来た来た、日番谷隊長、松本さん〜!」
「待ってました、こっち、こっち!」
「おいおい、遅いぞ、日番谷隊長!」
「あんまり遅いけえ、始めちょるぞ」
 阿散井、檜佐木、斑目、射場はともかく、 
「な、なんでお前らまでいるんだ?」
 斑目に綾瀬川がついてくるのは予想の範囲内としても、更木、草鹿、京楽までいる。
「こんな楽しそうな会、参加しないとつまらないからね〜」
 いつもどこで聞きつけるのか、酒の匂いを嗅ぎつけるのか。京楽は幸せそうな顔をして、いつものことだが、既にかなり飲んでいた。
「おいおい、酒の席に、草鹿はマズいんじゃねえのか?」
「ひっつんに言われたくないも〜ん」
「あぁ?!」
「大丈夫だ、こいつは団子からスタートしてるから」
 目を吊り上げる日番谷に、更木がニヤニヤ笑いながら、草鹿の頭をぽんぽん叩いた。
「お前も、なんでこんな会に来るんだよ」
「なあに、面白ェ勝負が見られるって聞いたからよ」
「…」
 更木に期待されるような勝負は、行われる予定などないのだが。いや、勝負されても、困るし。
「斑目が何言ったか知らねえけど、そんなもんはねえぞ」
「とぼけるなよ。…まあ、どっちにしろ、楽しく飲ませてもらうぜ」
「とにかく場所わきまえろよ、更木?」
「日番谷隊長〜、何頼みますか〜?」
 檜佐木に呼ばれて、日番谷はそちらへ行くと、耳元に口を寄せ、
「おい、何人来てんだよ、お前らの分は払うつもりでいたけど、全員分は、無理だぞ?」
「あ、気にしないで下さい、日番谷隊長。各自勝手に払いますから」
「日番谷隊長と松本くんの分は、ボクが払ってあげるよ〜ん」
「あら〜、京楽隊長、太っ腹ぁ!素敵vv」
 すかさず松本がお酌をし、京楽はデレッと鼻の下を伸ばした。
「いやあ、こんな美人のお酌で酒が飲めるなら、安いものさ」
「いや、松本はともかく、なんで俺まで??あの、今回のこれは、俺の…」
「まあまあ、細かいことは、気にしない、気にしない!楽しければ、それでいいじゃないか」
「よくないスよ、…」
「まあまあ、日番谷隊長。せっかく京楽隊長が、ああ言ってくださってるんですから」
 真面目に断ろうとする日番谷の腕を引いて、檜佐木が隣の席に座らせる。
「それより吉良達がまだ来てないスけど、大丈夫ですかね?」
 隣の阿散井が、心配そうに言った。
「う〜ん」
 実は日番谷も、そう思っていたところだった。
 緊張して来たが、余計な者は増えているのに、肝心の市丸は、いない。
 もっとも、人数が多いほど濃度が薄まって、対しやすいので助かるのだが。
 チラリと入口の方を見た時、丁度扉が開くところだった。
 ようやく市丸が来たかと思ったら、
「やあキミ達、楽しくやっているようだネ。お邪魔するヨ?」
「く、涅!」
 あまりにも予想外な登場に、誰もが目を疑った。
 若干斑目と京楽だけが、後ろのネムを見て、満更嫌でもない顔をした。
「ふふん、私の情報力を甘く見ないでくれたまえヨ。ここで市丸の奴に一泡吹かせる計画なのは、知っているのだヨ?」
「バカ言うな、涅!そんな計画なんか、ないぞ!」
 微妙にかすっていないこともないが、そんな人聞きの悪いことを言われては、困る。いつ本人が現れるかわからないのだから、本当に困る。
 日番谷が慌てて否定するが、
「隠さなくてもいい。頑張ってくれたまえヨ。奴が困るのは、いい気味だ。なあ、更木?」
「ああ、テメエ、一番負けてたからな。なんだ、そんなの根に持ってやがるのか?」
「そんなのとは何だ!私はそのせいで、あの珍しい櫛を…」
「なに、なに、花札の話?」
 綾瀬川が興味津々の顔で、身を乗り出した。
「うるさいヨ、君達…」
「まあまあ、そんなつまらない話はやめにしてさ、せっかく来たんだから、楽しく飲もうよ」
 すかさず京楽が言って、なんとか場が和んだ。
 京楽もどうやら、話の成り行きを知っているらしい。
 一番この場に関係のなさそうなこの男は、もしかしたら一番全ての事情を把握しているかもしれない。
 酒に紛れると思っていた市丸との対面が、いつの間にか櫛を巡る対決として、意外な注目度のイベントとなっていることを感じて、日番谷は唖然とした。
 どさくさに紛れるどころか、『絶対に渡す気のない市丸から、大切な櫛を奪い取る』勝負として、皆の大注目の的だ。
(そ…そんな企画じゃねえんだけど…)
 もはや日番谷の気分としては、すでに櫛のことなどどうでもよくて、今まで付き合ってもらったお礼に酒宴を開いて、後はもうただ皆が楽しんで、時間が過ぎてくれればいいというくらいだった。
 だがこの雰囲気は、櫛のことはただの口実ではなく、ウヤムヤにしてくれるつもりは毛頭なくて、この場で話をつけないと、許されないようだった。
 檜佐木は日番谷はいてくれるだけでよくて、後は自分達でやるからとは言っていたが、市丸が登場して、本当にそんなことで済まされるだろうか。
 そんなことを悩んでいる間に、とうとう市丸と吉良がやって来た。
「あらら、聞いとったより、ぎょうさんおるねえ」
 久し振りに聞く、間違いようのないその声を聞いて、日番谷はギクッとして、一気に緊張した。
 来た。
 本当に来た。
 およそこんな会になど参加しそうもないのに、吉良はどのような言葉で彼を誘い出したのだろう。どんなつもりで、やって来たのだろう。
 そう思ったとたん、カッと身体が熱くなるような心地がして、そちらを見ることができなかった。
「こんばんは、遅くなりまして、スイマセン」
 続いて吉良の、上品で奥ゆかしい声がした。
「おう市丸、吉良、ようやく来たか、遅いぞ」
 一番に更木が声をかけ、阿散井と檜佐木が、吉良に『よくやった!』という視線を送る。
「あら珍しい、ホントに来たのね、ギン」
「なんや、乱菊。来たらあかんみたいな言い方やんか」
 言いながら市丸はやわらかな足取りで、真っ直ぐに日番谷の元へやってきた。
 それだけで逃げたいくらい緊張したが、日番谷はキッと顎を上げて、毅然と市丸の方へ顔を向けた。
「十番隊長さん、今日はお誘い、おおきに」
 市丸がいつもと変わらない笑顔で、挨拶してきた。
 何事もなかったかのように…いや、その声には、弾むように嬉しそうな響きがあった。
「…ああ、よく来てくれたな」
「そら、十番隊長さんのお誘いやもん、来ますよ」
 にこにこしながら、隣の阿散井に向かって、ふわりと手を振った。どけ、と言うように。
 阿散井は日番谷が市丸をとても嫌がっていたのを見ていたからか、意外にも日番谷を守ろうとでもするように、席を譲るのを、躊躇した。
「…阿散井クン?」
 あくまでも優しげな声のまま、だが逆らえないような響きで言われて、阿散井は無意識に圧倒されて、腰を浮かせかかる。
「市丸隊長〜、こっち、こっち来てくださいよ〜!」
 そこですかさず、斑目が声を張り上げた。
「酒いっぱい用意してますから〜!」
「なんでそんなムサい席行かなあかんの?ボクは酒より、花の方がええなあ」
「そう言わずに、うちの可愛い部下とも、たまには一緒に酒飲んでやってくれよ」
 更木が言うと、さすがの市丸も、しゃあないなあ、と言ってふいっと日番谷から離れた。
「ちょっとだけやで?」
 市丸が行ってしまうと、阿散井はどっと汗をかいて、
「い、今市丸の奴、俺を殺すつもりだった、殺すつもりだった!」
「まさか、そこまでしないよ」
 吉良が阿散井の反対側の隣に座って、呆れたように笑った。
 阿散井といい斑目といい、本当に彼らだけで、話をつけるつもりのようだ。
 日番谷の『市丸に頭下げるの嫌』発言がよほどショッキングだったのだろうか。ありがたいけれども、結局は自分のために皆が動いてくれていることなので、本当にただ傍観しているわけにもいくまい。
 それにその詳しい成り行きを市丸が聞いたら、いっそう面倒なことになってしまいそうだったので、少し落ち着いたら覚悟を決めて市丸のところへ行き、なんらかの決着を着けねば、と思った。
 あんなに嫌だと思っていたのに、実際に久し振りに市丸を前にして、胸がドキドキしていた。指先も熱い。その耳はこの喧騒の中から、遠くの市丸の声ばかりを拾っていた。