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宴〜EN〜−7

「え、櫛?」
 吉良は、すぐにみつかった。
 よくわからない組み合わせの四人に驚いたような顔をしたが、阿散井が櫛のことを聞くと、
「うん、市丸隊長がまだ持ってると思うよ。『滅多にない櫛を手に入れた』って言って、僕にも見せてくれたし」
 だがその答えには、がっかりどころか、嫌な予感だ。
「なんかすごく嬉しそうに額に入れて壁に飾ってたから、そう簡単に誰かに渡したりしないと思うよ」
「か、壁に飾ってんのか?」
「うん。見に来る?盗まれないように結界張ってたみたいだけど、見るくらいはできるから」
「結界張ってんのか!」
 嫌な予感は、的中だ。
 ここまで驚く早さで巡っていった櫛は、よりにもよってとんでもないところで止まってしまった。
 しかも、それほど大切にしているとなると、ますますもって、そう簡単に雛森に譲ってくれるとは思えない。
「そうか…、そんなに大事にしてんのか…。吉良から頼んでみても、譲ってくれそうにないかな?」
 これにはさすがに檜佐木も困って吉良に言うと、吉良は意味ありげにチラッと日番谷を見て、
「あれが欲しいなら、僕より日番谷隊長がお願いしたらいいんじゃないですか?」
(こいつ、俺達のこと、知ってやがんのか!)
 今のところ、皆の前でそう大っぴらに日番谷日番谷と騒いでいるわけではなかったが、吉良は市丸の副隊長だから、市丸が日番谷を追いかけていることくらい、知っているか、勘付いていても不思議ではない。
 あえてこの場で二人の関係を指摘せず、濁した言い方をしてくれたことには、感謝せねばなるまい。
 日番谷の事情を話す前に日番谷を名指ししてきたことも、三人はさして不審に思った様子はなかった。
「日番谷隊長は、事情があって、できねえんだよ」
 自分達が事情を知っているために気付かなかったのか、隊長の日番谷が中心人物だと察してのことだと思ったのか、ただ立場的に日番谷が一番適任だと判断したのだろうと思ったのかはわからないが、とにかく流してくれたのは、助かった。
「う〜ん、どうします、日番谷隊長?」
 阿散井も困ったように言うと、
「ヨシ、こうなったら、俺が市丸に勝負を申し込んでやるしかねえな!」
 突然嬉々として、斑目が言い出した。
「俺が勝ったら、あの櫛を譲ってもらう!」
「ま、斑目さん!」
「バカ、いくらお前が十一番隊の第三席でも、相手は隊長だぞ?」
「関係あるか、こんな機会はなかなかねえぜ!」
「や、やめろ斑目、俺はホント、もういいから!」
「そうだ、いいこと考えた!市丸を酒に誘って、酔っ払ったところで、口八丁で譲ることを約束させよう!」
 斑目の次は檜佐木が、わけのわからないことを言い始めた。
「乱菊さんも誘って、手伝ってもらいましょう!彼女は酒も強いし、市丸の同期でしょう?」
(…それが狙いか…)
 日番谷は思わず呆れたが、
「お、それもいいな!酒で勝負なら、射場さんも誘うか!」
 こっちは純粋に酒好きらしい斑目も、乗ってきた。
 阿散井だけは少し心配そうに、
「市丸、来ますかねえ?それにあいつがそんなに簡単に酔い潰されたり、丸め込まれたりしますかね?」
 市丸はそれほど、飲み会が好きということもなさそうだった。気分が乗らないと、そういう会に顔を出すことをしない。それにいつも抜け目なくて、酒に酔ったくらいで誰かの言いなりになったりするようには思えなかった。
 だがすっかりその気の檜佐木は、ごく軽いノリで、
「乱菊さんがいりゃ、来てくれるだろ?それに丸め込まれるっていうか、気分が良くなれば、気前もよくなるもんじゃねえか。吉良、お前が声かけておいてくれよ。絶対連れてくるんだぞ?てーか、お前ももちろん、来るんだぞ?」
「そんな…そんな話を聞かされて、僕に市丸隊長に声をかけさせるんですか?!」
「市丸が来ないと、口実…じゃなくて、会が成立しないじゃないか。何がなんでも、連れて来い!」
「できませんよ、僕は…」
 泣きそうな顔をする吉良に、見かねた阿散井が、
「吉良、…あの櫛の由来は知っているか?あの櫛は、実はな…」
 雛森の話をしてやると、吉良は敏感に反応して、
「えっ、そうなのか、雛森くんが…」
「雛森から、お前に巡ってくるかもな?」
 そのセリフには、吉良もかなり心が動いたようだった。
「それにホラ、別に市丸を騙すわけじゃねえし、酒飲んで気持ちよく譲ってくれりゃ、それでいいわけだし。なんだったらその後もう一度あの櫛追いかけて、市丸に返したっていいわけだし」
「う、そ、それは…」
「重く考えるなよ、お前は酒の会に誘うだけだ。後はどうするか決めるのは、市丸に任せておきゃいいだろう」
「そうか…それに、そんな櫛だとしたら、市丸隊長があんなに大切にして引き寄せようとしているご縁は…」
 言って吉良が、チラリと日番谷を見た。
 その言葉と視線に、ドキッとする。
 確かに考えてみれば、市丸がそんなにその櫛を大切にしているということは、引き寄せたい縁があるということかもしれない。そして今のところ思いつくその縁の相手は、…あまり考えたくないが、自分かもしれない。
 思わずゾッとして、日番谷はブルッと震えた。
 櫛の魔力に、その身が絡め取られてゆくのを感じる。
 あの後怒ってブン殴って飛び出していき、それきり任務で会えなくなった日番谷が、その櫛を求めて自分から会いに来て、お願いごとをしてくるのだ。
 市丸から見たら、まさに縁の櫛の効力と言えるかもしれない。
「う〜っ、やっぱり俺、嫌…!」
 言いかけた日番谷の口を、檜佐木がさっと塞いだ。
「大丈夫、大丈夫。俺達が全部やりますから、日番谷隊長は、場にいて下さるだけでいいですから。ここまで手伝ってきたんですから、今更ナシは勘弁して下さいよ〜」
 悪夢だ。
 確かにここまで手伝わせて、そこまで言われて、それでも嫌とは言えない。
「ホ…ホントにいるだけでいいんだな?」
「もちろんっすよ!」
「じゃ、じゃあ吉良…、市丸に、お…俺からも、ぜひ来てくれと言っていたと伝えてくれ…」
 舌が捻じ切れるような思いで日番谷が言うと、
「そういうことなら、お引き受けします」
 あれほど渋っていた吉良が、いとも簡単に答えた。
 日番谷からの誘いなら市丸は喜んで参加するだろうし、後は二人の問題だと思ったのだろう。
 それで一気に、話がまとまった。
「じゃあ、場所は俺が押さえておくから!乱菊さんには、日番谷隊長からも声かけておいてくださいね!」
「じゃあな、今日は早く仕事上がろうぜ!」
 思ってもみない成り行きに半ば呆然となりながらも、日番谷はタメ息をついて隊舎に戻った。