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Don't Speak−8

「あれっ、浮竹隊長じゃないっすか!どうしたんスか?」
 フラフラ歩いていたところを阿散井にみつかって、浮竹は情けない顔を上げた。
「…別に…どうも…」
「…していないって顔じゃねえっすよ?」
「いや…俺はもう、なにがなんだか…」
 市丸の暴行から救ったつもりが、日番谷の反応は冷ややかだった。
 助け方が、隊長としてのプライドを傷つけてしまったのか、自分に見られたのが嫌だったのか。
 どちらにしろ、あまり喜ばれていないらしいことだけは、確かなようだった。
「…深刻そうっすね。どうっすか、これから一杯!」
 がっちりと肩を掴まれては、もはや振り払う元気もない。
 浮竹は阿散井に連れて行かれた飲み屋で、立て続けに数杯空けてから、ことの顛末を話した。
 だいたいの話を聞くと、阿散井は考えるようにしてから、
「う〜ん、日番谷隊長、ツンデレですからね〜。やっぱ、いいところ邪魔しちゃったんじゃねえスか?」
「ええっ、ツンデレッ??!!いいところを邪魔しちゃった?!」
 その可能性がないとも限らないとは思ったが、まさかそれはありえないだろうと思っていたことを言われ、一瞬浮竹の頭は真っ白になった。
「ままま、まさか君は、日番谷隊長が市丸隊長を、す、好きだとでも言うつもりかっ?!」
「えっ、だって、明らかに市丸にだけ、態度違うじゃねえっすか。そりゃ、冷たくあしらってますけど、構ってほしいってオーラ出てませんでした?」
「えええええっ、まさか!」
 そういうことには鈍いとばかり思っていた阿散井が、まさか浮竹さえ気付いていなかった、そんなものまで読み取っていたとは。
 浮竹の声は驚きとショックで裏返ったが、
「ほら、遊んでくれる大好きなおじさんに、子供がそっけない態度とりながら、構ってほしそうにしているようなこと、あるじゃないすか。あんな感じですか?あ、子供っていうと、日番谷隊長に怒られちゃいますけど」
 ははは、と豪快に笑ってから、阿散井はうってかわって弱々しく、ふう、とタメ息をついて、
「そりゃ、俺だってショックですよ。そんなの、認めたくねえっすよ。幸い、日番谷隊長本人が気付いていないようなので、このままウヤムヤにならないかと思ったりもしましたけどね、まさか市丸がね、そんなのみすみす見逃すわけねえっすよね」
 二人がまさかの両想いだとしたら、大きなお世話だと言った市丸の言葉の意味も、今更ながら、わかったような気がした。
 だとしたらもちろん、市丸も日番谷の気持ちにはすでに気付いているのだろう。
「…じゃあ俺は本当に、大きなお世話を焼いてしまったということなのか?!馬に蹴られて死ぬべきなのか?」
 がっくりと肩を落とす浮竹に、阿散井は慰めるようにその背を叩いて、
「でも浮竹隊長、市丸はあんな野郎スけど、日番谷隊長のことは、大事にしているように思いますよ?」
「…そうだろうか?」
「してなかったら、今頃とっくに食っちまってますよ。あんな可愛い隊長前にして、放っておかねえスよ」
「…食べようとしていたよ、今日。もしかしたらもうとっくに、二人はできあがっていたのかもしれない。…俺が気付かなかっただけで」
「いや、出来上がってるなら、その場でそう言うんじゃねえすか?その、見たって行為も、う〜ん、まあ、好き合っているなら、いつかはするわけですし」
 日番谷も市丸のことが好きで、市丸に本当に日番谷を大切にする気持ちがあるのなら、浮竹にはもう何も言うことなどできないが。
 そう考えるなら、市丸が離れ際、日番谷の着物の前を合わせたのは、自分の犯した罪を隠そうとしたのではなく、浮竹に日番谷の肌を見せたくなかったのかもしれない。
(…いや、だったらこの前彼の気持ちを聞きに行った時、本気なら本気と言えばいいじゃないか)
 大切に思っていると一言言ってくれれば、浮竹だってあんな真似はしなかったのだ。
 日番谷もその気があるとわかっているのなら尚更、その気持ちを浮竹に伝えることに何の問題があろうか。
 日番谷狙いだということは隠さないのに、その気持ちが遊びではなく本気だと言えないということは、やはり身体目当てなのではないのか。
 浮竹が納得すれば邪魔されなくなるわけだから、嘘でも本気だと言っておいたって、なんの不都合もないはずだ。
 彼は嘘をつくことに、何の躊躇もないのだから。
(わ、わからん!あいつの考えることは、さっぱりわからん!)
 日番谷も日番谷なら、市丸も市丸だ。
 ふたりのそれが本当の恋なのか、好奇心なのか、どちらもさっぱりわからなかった。
(…ああもう、みんなどうしてそうなんだ。もう俺は、何を信じたらいいのやら…)
 はあ〜と大きくタメ息をつく浮竹に、
「元気出してくださいよ」
 浮竹は阿散井の顔を見上げ、
「阿散井君は、よく見ているんだね、ふたりのことを」
「えっ、いや…、だって、俺、…俺だって日番谷隊長に振り向いてほしかったのに、日番谷隊長は、市丸の野郎しか見てないんですもん。そりゃ、わかりますよ。それに同じ気持ちを持っているわけですから、市丸の気持ちだって、…」
「あ、阿散井くん?!」
「わ、そんな顔しないで下さいよ!俺は単なるフラれた男っすから!何もしないッス、てか、できねーす!」
「いや、そうじゃなくて、君…!」
 これは、阿散井が鋭いのではなく、自分が鈍いのかもしれない。
 そういえば京楽も、やめておいた方がいいと言っていた。
 若者の恋愛事情に疎くなってしまうほど年をとってしまったのかと、浮竹はますますブルーになってしまった。