.

Don't Speak−7

  日番谷は、何がなんでも市丸の魔の手から守らないといけない。
 あれから決意を新たにした浮竹は、前以上に日番谷の身辺と市丸の挙動を気にするようになった。
 そうは言っても病弱な身なので、悩んだ挙句とりあえず京楽に相談してみると、京楽はう〜んと困ったような顔をして、
「それはボクはあんまり、いただけないと思うな〜。いくら怒られても、やっぱり日番谷くん本人に言った方がいいと思うけど」
「じゃあお前は、日番谷くんがみすみす市丸に手篭めにされてもいいって言うのか!」
「いや、いくら日番谷くんが小さくても、隊長なんだからさ。そう簡単に手篭めになんか、されないと思うよ?」
「あの体格差で、あの市丸の口八丁手八丁だよ?!何も知らない純真な日番谷くんを騙す、どんな手を使うかわかったもんじゃない!」
「…浮竹…、日番谷くんは、お前の娘じゃないんだから…」
 それは、そうだ。
 自分が口を出すことではないことや、日番谷が精神的・能力的に子供ではないことくらい、わかっている。
 だが、身体がまだ子供なのも、事実だ。
 天才児と言われ、その類稀なる能力で、あの若さにして一気に隊長まで上り詰めた彼は、甘えが許される時間も、無垢でいられる時間も、ほとんどないまま大人達の世界に飛び込んだ。
 大勢の隊員達を従え守る、隊長としての責任を果たすため、そのへんのいい加減な大人達以上に大人であることを要求され、それに応えるために彼の全てを注ぎ込むことを当然と思っている彼は、迷いもなく、がむしゃらで、痛々しいほど一途だ。
 それは彼も望んでいることであり、彼の能力にふさわしいことでもあるけれど、何もかもが大人と同じでは決してないことを、忘れてはいけないと思う。
 あの年でしか学べないこと、あの年でしか許されないことにも、もっと目を向け、その機会や余裕を与えてやることは、彼の将来のためにも、彼の能力によって助けられるだろう瀞霊廷の今度のためにも、必要なことではないかと思う。
 全てではない。
 もはやここまできてしまった彼に、全てが与えられるわけではない。
 だが、彼が大人であることを逆手にとって、必要以上に大人になることを求めるべきではない。
 皆が何百年もかけて辿り着いた場所へ、ほんの数年で辿り着くということがどれほど驚異的な早さなのかは、その成熟しきっていない身体が物語っている。
 それだけは、能力や努力ではごまかせない、彼のありのままの姿なのだ。
 そればかりは、年を重ね、自然に成長してゆくのを待つしかないのだ。
 彼に唯一残された、年齢に相応しいその身体は、彼自身が思っているように侮られるマイナス要素ではなく、誇るべき彼の能力の象徴だ。
 その身体にも容赦なく強さが求められることは仕方ないけれど、性的に大人になる必要など、あるわけもない。
 自然に成長し、彼自身が求め始めるようになるまでは、彼を悩ませ、傷つけ、ただでさえ人より少ない、子供でいられる貴重な時間を奪うだけのものだ。
 ほうっておいても、身体が大人になれば、嫌というほど知ることになるものだ。
 それまで待ってやらないのは、ただの身勝手な大人の欲望であり、愛情ではない。
 それに性の世界は、一歩間違うと地道な努力も稀有な才能も、せっかく手に入れた輝かしい地位も、全て台無しにし、地に貶める危険をはらんでいる。
 いくら霊的に飛び抜けた才があろうとも、まだ経験の少ない彼に、自在に操れるようなものではない。
 若いからこそいっそう危険で、急いで良いことなど何もないのに、ましてや相手があの市丸では。
 恋愛は自由だなどと言って、性悪な男にひっかかるのを、ただ傍観していることなどできるはずもない。
 ましてや、日番谷自身が望んでいることでもないのだから。
 なんとしても、市丸だけは、追い払うべきだ。
(何の責任をとる気もないのに、ただ面白半分に手を出そうとしているだけの市丸なんかに、日番谷を弄ばれてたまるものか)
 何かいい手立てはないかと考えていた頃、様子を見に行った十番隊で、松本が困ったように、
「それが、隊長、どっか行っちゃったんですよね。時々こうやって、いなくなるんです。どっかで一人で息抜きしてるんだと思いますけど」
 その言葉に嫌な予感がして、一人でゆっくり息抜きできるようなところを、探して回った。
 そしてやって来た図書館の奥の奥で、浮竹は日番谷の、高い悲鳴を聞いた。
「な、何しやがるっ!やめろっ、触ンなっ、アッ!」
 聞いたこともない、日番谷の悲鳴。
 必死の拒絶の言葉。
 その声を聞いた瞬間、身体中の血が、怒りで震えた。
「何してるんだ、市丸!その子を離せ!」
 飛び込んだその先で、小さな日番谷の上に覆いかぶさっていた市丸が、ゆっくりと身体を離した。
 その様子は、食らい付いていた仕留めた獲物から顔を上げた、肉食獣の動きに似ていた。
「あら、十三番隊長さん」
 状況にそぐわないしれっとした声、貼り付けたような笑顔が、いっそう市丸を邪悪に感じさせた。
 離れざま市丸は日番谷の着物の前を合わせてさっと隠したが、日番谷が市丸の下で、着物の上をはだけられたあられもない格好にされていたのを、見てしまった。
 白い肩は思った以上に細く華奢で、その身体からあれほどの霊圧を放出するとは思えないほど小さかった。
(そんな小さな子に、なんてひどいことを)
 日番谷は浮竹を見て、大きな目を更にまん丸にして、驚いている。
 その目にはうっすらと涙が浮かんでいて、…それを見て、浮竹は更に逆上した。
「市丸ッ!あれほど言ったのに、貴様という奴は…!」
 掴みかかろうとする浮竹の隣を、市丸は風のようにさっと抜けた。
「えらいところみつかってもうた。そない剣幕で怒らんといて。未遂やで?」
「俺がこなかったら、未遂で済まなかっただろう!」
「そないなこと言うて、ボクを追い払った後、十三番隊長さんが十番隊長さんに何しはるか心配や」
「お前と一緒にするな!」
 反省の色もない市丸に、浮竹はいっそう激昂したが、
「理性ゆうもんも、言葉ゆうもんも、当てになんなりませんわ。自分のもんでも当てにならんのに、他人のもんなん、よう信用できませんなあ」
 どう見ても今、責められることをしたのは市丸の方なのに、わけのわからない話の飛躍でうやむやにし、そのまますうっと身を引いてゆく。
「ちょっと待て市丸!逃げる気か!」
「いくら十番隊長さんが可愛えゆうても、してええことと悪いことがありますよ?大人なんやったら、そのへんよう見極めんと、嫌われてまいますで?」
「それは俺のセリフだ、市丸!」
 言いたいだけ言って、一瞬にして退散してしまった市丸を追おうかどうかとっさに迷ったが、浮竹は日番谷の方に向き直り、慌てて駆け寄ると、
「大丈夫かっ、日番谷隊長、本当に未遂か?ひどいことされてないかっ?」
「…大丈夫だ」
 低く答えて、乱された着物を手早く直すと、何ごともなかったかのように立ち上がる。
「日番谷隊長…」
 危ないところを助けたはずなのに、浮竹が伸ばした手を冷たく払うと、日番谷は浮竹を睨みあげるようにして、
「…どうも」
 そっけない礼を言って、さっさと浮竹の隣をすり抜けて行ってしまった。