.

Don't Speak−5

  あれから浮竹は、日番谷と市丸のことが気になって、夜も眠れない有様になっていた。
 日番谷に対してよこしまな思いを抱いているわけではないが、あれほどの危機を前にして、あまりにも余裕がありすぎる日番谷は、どう考えても市丸の気持ちも男の欲望もわかっていない。
 このままいくと、近い将来我慢しきれなくなった市丸に襲われてしまうのではないかと、心配せずにはいられなかった。
 あまりに心配で、体調が良い日は日番谷の様子を見に行かずにはいれなくて、遠くからそっと見守る姿はまるでストーカーのようだと自分で思えて、軽く自己嫌悪になったくらいだった。
 今のところ、市丸は第三者がいる時に軽いアプローチをするくらいで、危険を感じるほどの急接近はなかった。
 だが、日を追うごとに市丸の日番谷への気持ちは疑いから確信へと変わり、にこやかに微笑みながら、今にも日番谷を食べてしまいたいと内心で思っていることは、間違いようもないと思えた。
 そのことを日番谷に忠告したいと思うのだが、性知識がどこまであるのかも怪しい彼が、今彼が置かれている状況の危うさを、言葉で説明してわかってくれるかどうかは、怪しい。
 いや、あんな市丸の前で平然としているのだから、恐らく彼は、まだそこまで大人ではないのだ。
 日番谷はきっと、知識としてだけ、男の欲望を知っている。そして今、市丸が自分に向けてくるそれを、うまく対処できていると思っているに違いない。
 実感として理解できない忠告をヘタにしてしまうと、日番谷は怒るだけで状況がよくなることはないだろう。
 歯噛みしたくなるこの状況に、ついに浮竹は我慢できなくなって、三番隊へ向かうことにした。
 市丸は、大人だ。
 いくら彼が型破りでも、子供を相手にしていいことと悪いことの区別くらいは、できるはずだ。…できていることを、確認せずには、いられなかった。
「おやおや、珍しい方が来はりましたねえ。…イヅル、お茶入れたら、ちょっと席はずしてな?」
「はい」
「市丸隊長」
 三番隊へ向かうと、運よく市丸は執務室にいて、いつものようににこやかに、内心が全く読めない笑顔で浮竹を迎えた。
 吉良が部屋を出ると、市丸はおいしそうにお茶をすすってから、
「十三番隊長さん、今日は十番隊長さんの追っかけはしなくてええんですか?」
「君に言われたくないよ」
 浮竹がストーカーチックなことをしていたことは、当然市丸は気付いていたようだ。
 自分でも自覚があっただけに、浮竹は少しムッとして市丸を見た。
「わかっているんだろう?俺は日番谷隊長が心配で、君の意図を確かめに来たんだよ。君は本気で彼を好きなのかい?だとしても彼がまだ子供だということは、勿論わかっているんだろうね?」
「あは」
 浮竹の言葉に、市丸はバカにしたような笑いを漏らすと、
「これは、おかしなこと言わはるわ。十番隊長さんは、立派な隊長さんやで?そない子供扱いしはったら、怒らはりますよ?」
「仕事と恋愛は、別だろう」
 いつもの調子で、のらりくらりとごまかされてはたまらない。
 浮竹は語気を強めて、
「いくら強いといっても、中身が大人だといっても、彼はまだ大人の恋愛ができるような身体には成長していない。君が本当に彼を好きなら、彼が大人になるまで、待つべきだ」
「わからないお人やねえ。それは、十三番隊長さんが決めることやなくて、十番隊長さんが決めはったらええこととちゃいますの?」
「わからないのは、君だ!あんな子供を欲望の対象にするなんて、恥ずかしいとは思わないのか!」
 思わず声を荒げると、市丸は俯いて、ク、ク、ク、と嫌な笑いをもらした。
「十三番隊長さんは、面倒見のええ、ええお人やねえ。十番隊長さんが子供やから、可愛いくてしゃあないから、ほうっておかれへんのやねえ」
「君のような男がいるから、」
「大きなお世話や」
 くっくっと笑ったまま、市丸は突然鋭く言った。
「…て、あの子言わはるよ、きっと」
 なんと、人を怒らせることがうまい男なのだろう。
 だがこれで、ハッキリわかった。
 市丸が日番谷を欲望の対象にしているのは確実で、それを抑える気がないことも、確実だ。
「…君が言いたいことは、わかった。では最後にこれだけ聞こう。君は彼の身体だけが欲しいのではなく、本気で彼の全てを愛しているのか?彼の一生に責任をもつ覚悟はあるのか?」
「…ほんま、おもしろいお人やわ〜、十三番隊長さんは。それ聞いて、どないしはるん?ボクがあの子の全てを愛してます、一生あの子と添い遂げます言うたら、満足やの?安心して、今夜はゆっくり眠れる言わはるん?」
 こんな男に。
 日番谷が弄ばれることだけは、本当に許せない。
 浮竹は震えるほどに拳を握って、
「…確かに、君の言葉には、真実はなさそうだ」
「誰の言葉にも、あらしませんよ。時とともに、消えてまうもんですからねぇ」
「失礼する」
 立ち上がって退室する浮竹の背中に、低く笑う市丸の耳に障る声だけが答えた。