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Don't Speak−23

 その後四番隊に担ぎ込まれた市丸は、日番谷の刀の入れ方が絶妙だったため、そのまま一晩入院しただけで済んだ。
 知らせを聞いて、吉良は真っ青になり、慌てふためいて四番隊に飛んで行ったが、当の本人はケロッとしていて、ちょお本気になってもうたけど、負けたわけやないで、と悪気なく笑ってくれた。
 一応は傷付けた本人として付き添っていたのか、そこにいた日番谷と、イヤ、お前は負けだ、負けてへんと、延々と言い合ってくれていたおかげで、およその流れはわかったが、こんな人騒がせな痴話喧嘩はやめてくれと、喚き散らしたい気分になった。
 隊長格二人の私闘についても、稽古に夢中になったためということで、珍しく市丸も反省の色を見せたためか、説教されただけで許されることになったらしい。
 どうやらその後市丸は日番谷とうまくいっているようで、相変らず十番隊へ足繁く通ってなかなか三番隊で大人しく仕事をしてはくれないが、とりあえず機嫌がよくなってくれたのは、助かる。
 しかし、これで落ち着いたかに見えた市丸だったが、やはり吉良の悩みは尽きなかった。
 その日、いつの間にか姿が見えないと思っていた市丸が、昼過ぎに突然戻ってきたと思ったら、
「…よう、吉良。…悪いがちょっと、邪魔するぜ」
 頬を赤く染めた日番谷が、いかにも不本意そうに、市丸に連れられてやってきた。
「あ、いらっしゃい、日番谷隊長。今お茶入れますから」
 これまでもっぱら市丸の方が十番隊に通っていたのに、日番谷の方がやって来るなんて珍しい、と思いながらお茶を用意して戻ると、
「ひ、日番谷隊長??!」
 自分の机についている市丸の膝の上にちょこんと座っている日番谷を見て、吉良は目が飛び出るかというほど驚いた。
「や、その、やむにやまれぬ事情により、今日はここで仕事させてもらうけど、気にするな」
 気にするなと言われても、気にしないわけがあろうか。
 ここはいつから、ピンクなクラブにでもなったのだ?
 市丸は真っ赤になっている日番谷を愛しそうに抱き締めて、
「今日は一日ボクのお膝に座ってもらう約束やねん。イヅル、お仕事するから、書類持ってきて?」
「は、はい」
 市丸は日番谷を膝に乗せて、超ご機嫌で仕事を始めた。
 日番谷が膝に乗っていることは気になるが、市丸が仕事をしてくれるのは助かることなので、吉良は特に何を言うこともなく、たまった書類を市丸の机の上に乗せた。
 かつてないほどの上機嫌で仕事を片付けていっていた市丸は、予想通りというか、しばらくすると、
「ああもう、日番谷はんは、可愛えねえv」
 すぐに気を散らして、膝の上の日番谷に口づけようとするが、
「仕事しろ」
 ピシリと叩かれて、また数枚書類を処理するが、すぐに今度は日番谷の脚を撫で撫でし始め、
「仕事しろ」
 また叩かれて、しぶしぶ仕事に戻る。
 そしてまたしばらくして、耐えられなくなったように、
「ああ、もう、可愛えもん、仕事なん、やってられへん!」
「仕事しろ!」
 何度も何度も繰り返し、日番谷のおかげで仕事が進んでいるのか、邪魔されているのか、よくわからない状態になってきた。
 いや、それでもいつもに比べたら、進んでいる方かもしれない。少なくとも、市丸はずっと机についてくれているわけだし。
「あ、これ三番隊の秘密書類や。日番谷はん、お目々つむっとって?」
「見せろ」
「ダメや〜vv見せられへん。その可愛えお目々、ちょうっとつむっといてや〜vv」
「…しょうがねえな」
「隙ありや〜vvちゅvv」
「あ、この野郎!」
(…あの…僕も仕事中なので、あんまり目の前でイチャつかないでほしいんですけど…)
 なんだかやるせない気分になったが、それでも一応は、仕事も進んでいるようだ。
 見て見ぬふりを続けてどれくらい経っただろうか。
 市丸は大はしゃぎだったが、日番谷の方は、退屈だったらしい。そのうちその膝の上で、居眠りを始めた。
「ああ、もう、可愛え〜〜vvvイヅル、ちょう外回りの仕事行ってき?」
「嫌です。一度部屋を出たら、今日はもうこの部屋には入れなくなっている予感がします」
 イチャイチャしてくれていても、一応は仕事をしているうちは我慢もするが、自分が席を外したら最後、市丸が仕事を放り出して、ことをおっ始めてしまうことは、目に見えている。
 冷たく返す吉良に抗議の声を上げても、市丸は日番谷が膝に乗っているので、席を立つこともできない。
「さっさと仕事終わらせないと、仕事できない人だと思われて、嫌われちゃいますよ?」
 さらりと言うと、市丸はハッとした顔になり、案外単純にも、真面目に仕事を始めた。
(あれ、本気にしてる。…珍しい〜)
 これは、今後も使えそうだ。バリエーションは考えないといけないが、市丸を動かせるものがみつかったことは、大きな収穫かもしれない。
「んん…、あれ、俺、寝ちまってた…?」
 だが、可愛らしい声を出して、日番谷が目覚めると、市丸の集中力は、あっけなく途切れた。
「おはよう、冬獅郎。お目ざめのチューやvv」
「げ、いきなりこんなとこで、キスすんな!冬獅郎て呼ぶな!」
(てゆうか、ここ職場ですから!もうホント勘弁して下さい!本当に何しに来たんだ、日番谷隊長?やむにやまれぬ事情てなんだ?市丸隊長、今度はどんな手を使ったんだ、一体??)
 突っ込みたい言葉はいっぱいあっても、突っ込める雰囲気ではなく、吉良はひたすら見ないフリ、聞かないフリを続けるしかなかった。
「…なあ〜、日番谷はん、一生のお願いや。ここで、このまま、…な?」
「はあ?何言ってんのテメエ?ふざけるのも、いい加減にしろよ!」
「せやけどボクの息子さん元気になってもうて、集中できへん」
「うわ、最低―ッ!そんなオプションはついてねえからな!冗談じゃねえ!」
 小さな声でやり取りする声が、聞きたくもないのに、聞こえてきてしまった。
(…お願いですから、日番谷隊長、拒みきって下さい…)
 心の底から願ったのに、あの手この手で口説き続ける市丸に、とうとう日番谷は、
「…お前が今日の仕事さっさと片付けて、吉良が帰ってからなら、いいけど…」
 小さな小さな可愛らしい声で、嬉しいんだかあんまりなんだか、わからない答えをしてくれた。
「ほんまにーっ!?」
 当然市丸は鼻息も荒く大喜びし、ものすごい速さで仕事を片付け始めた。
 いまだかつて見たこともないその姿と「本当にこの人達、その机でするつもりなのか?」という驚きに、吉良はしばらく呆然としていたが、市丸が猛烈なスピードで仕事をしながら、「ボクが仕事終わった時に、イヅルがまだ仕事終わってへんかったら許さんで」と何度も目で合図を送ってくるので、動揺しながらも、必死で仕事を片付けないわけにはいかなかった。
(…でも、まあ、日番谷隊長のおかげで、一週間はかかるだろうと思われていた急ぎの書類を今日中に終わらせてくれるみたいだから、良かったと思おう…)
 なんとか自分に言い聞かせるが、なんだかもう、やりきれない。
 仕事が終わったら松本のところへ行って、今日は目一杯飲んでやる、ついでに飲んだ勢いで、このことを松本にチクってやる、と思いながら、吉良はその後もしばらく、涙の透明人間に徹したのだった。


おしまい