<前 | 次> |
Don't Speak−21
このところ毎日、松本が興味津津の目で日番谷を見てくる。
言いたいことはわかっていたが、聞かれたくなかったので、これでもかというほど不機嫌オーラを出して牽制し続けてきた日番谷だったが、それも長くは通用しなかったらしい。
「隊長、ギンと」
「何もない」
「でも、あのデレ具合とか、前にも増して馴れ馴れしい態度は」
「頭イカれてんだ、あいつ」
「この間、お赤飯もらいましたけど」
「意味わからねえ」
「浮竹隊長が涙ぐみながら、紅白饅頭をもって来たのは何だったんですか?」
「俺が聞きてえよ」
ピクピクとこめかみに血管が浮きそうになる。
あの日から市丸は、見事に態度を変えてくれた。
態度、という言い方をすると、ガンガンアプローチをしてくるのは前からだが、あからさまに恋人面をして、図々しくもその権利を主張し、日番谷は自分のものだと言わんばかりの言動をし、それを怒って冷たくすると責めるような顔をする。恨み事まで言ってくる。
確かにあの夜、二人の間にそういう出来事はあった。
大人の市丸に翻弄されて、たくさんの愛を囁かれながら、何度もイかされて、何度も入れられて、メロメロになって、気が付いたら市丸の腕の中で朝を迎えていた。
だが、市丸が本気になってくれたらいいとは確かに思ったけれども、それだけ本気なんだったら、日番谷が部屋に行った時点でそのへんをしっかりハッキリさせてから、ことに及んでくれても良かったのじゃないか。
そうしてくれていたら、あんな辛い思いも、あんな恥ずかしい思いも、しないで済んだはずなのに。
それに、日番谷は告白をしたわけでもなければ、気持ちを確かめられたわけでもなく、それなのに最初から市丸を好きなのだという前提のもとでことを進めてくれた上、いまだにそれを確認されないのも、納得いかない。
日番谷にその気がなければ、あんなやり方は、詐欺のようなものだ。いや、いくらあったとしても、やっぱりひどい。
第一日番谷は市丸のことを好きなのだろうと思っていながらそれに答える前にあんなことをしたのだとしたら、日番谷の気持ちを弄ぶようなあのやり方は、ひどすぎる。
何にしろ、日番谷の気持ちを利用され、騙されて、いいようにされてしまったような気がしてならない。
それに日番谷は初めてだったというのに、もう嫌だと何度も言ったのに、次の日の業務のことも考えず好き放題やりまくった挙句、「初夜やもん、当たり前や〜」で済まされたのも、腹が立つ。
(何が初夜だ!あのクソエロギツネ!)
思い出したらまたムカムカしてきて、日番谷は勢いよく立ちあがった。
「ちょっと一番隊に行ってくる!」
「え、もうすぐギンが来る時間じゃないですか?」
「なんであんなのが来るのを待ってやらないといけねえんだ!」
「お出迎えですか?」
「するか!」
「外で会うんですか?」
「会うか!」
怒って出るが、行った先は、一番隊ではなかった。
もちろん、三番隊でもない。
ムシャクシャした時に思い切り霊圧を爆発させられる稽古場へ向かう途中で、しかし日番谷は突然何かの気配を感じて、とっさに刀を抜いた。
「勝負!」
「市丸!」
キン、と高い音を立てて二本の刀が打ち合され、離れて、突然現れた市丸と、日番谷は否応なく対峙した。
「十番隊長さん、稽古付き合うてや。勝った方の言うこと、何でもきくんやで。忘れてへんやろね?」
忘れてはいないが、済んだことだと思っていた。
「なんだよテメエ、今頃!」
「油断しとったら、あかんよ。こうゆうもんは、まさかゆう頃来るもんなんや」
冷たくしすぎて、狂ったのだろうか。
でも今回は市丸が悪いのだから、ちゃんと謝ってくるまで、絶対に許すつもりはない。
日番谷の気持ちをきちんと聞こうとせず、こうやっていつも自分の都合を押し付けてくるやり方も、今後直してもらわないといけない。
(まあ…何怒ってるのとは聞かれたけど…、こんな話、恥ずかしくてできるか!)
結局自分も素直でなくて照れ屋だからいけないのもわかっているが、市丸は大人なんだから、年上なんだから、海千山千なんだから、市丸の方が考えて、気を利かせて、頭を働かせて、なんとか上手にやってくれないと困る。
恋愛なんて苦手だし、こっ恥ずかしいし、気持ちばっかりあふれてどうしていいのかわからなくて、日番谷もこのところ、少々パニック気味だった。
ヤケクソになって開き直って、もう全部、全部市丸が悪いことにして、歩み寄る努力は放棄していた。
「ボクが勝ったら、素直になってもらうで。今夜はボクの部屋で、朝までゆっくり、じっくり、新婚第二夜や!」
「何が新婚だ、アホか、死ね!テメエこそ、謝れ、謝れ!もう二度とあんなひでえことしねえて、誓え!」
「キミが何のこと言うてるのか、わかれへん。わからんもん、謝れへん」
最初はそれでも、ただの痴話喧嘩みたいなものだった。
しかしお互い煮詰まっていたところへ自分の主張が全く相手に通じないことがイライラに拍車をかけ、いつの間にか、超本気の真剣勝負になっていた。
今までの稽古からは信じられないような市丸の気迫と鋭さに、それは集中力の違いというだけなのだったが、手加減されていたと思ってしまった日番谷は、その屈辱に、さらに目の色が変わってきた。
だが市丸の剣の腕は本物で、向かう度、受ける度、ヒヤリと冷たいものが背筋を走った。
殺すつもりで向かわないと、勝てない。
そう感じ取った瞬間、本格的に切り替わった。
絶対に引けないプライドをかけた勝負に、日番谷は何度も刀を合わせながら、短時間で決しなければ不利だと見て、刀を払う勢いで大きく後ろにジャンプをし、距離をとってから、再び市丸に斬りかかった。
だが市丸はすでに間合いを詰めており、自分の刀の軌道の向こうから、鋭い切っ先が真っ直ぐ自分に向かって伸びてくるのが見えた。
だが、日番谷は怯まなかった。
今このタイミング、この距離なら、殺れる。
これは稽古だとか、隊長同士の私闘で相手を殺すことのご法度など、その時は吹き飛んでいた。
殺れる。
その勝機を見た瞬間の戦士が、モーションに入った後で、相手を殺すこと以外の行動をとることは、ほぼ不可能だろう。
かわしていたら、殺れない。そんなことさえ、脳で考える間もなかった。
刀の先が市丸の着物に食い込み、柔らかな肉の感触が手に伝わってきた。
市丸の心臓が。
そこに。
日番谷は、全体重をかけて、その身体を貫いた。
同時に自分の喉に、ヒヤリと冷たいものがぐっと当たったのを感じた。
殺った。
そう確信したのは、どちらだったのか。
あとほんの少し深く、あとほんの少し力を入れたら確実に命をとれるところに刀を当てて、市丸はまっすぐに、日番谷を見た。
日番谷は確実に刀を貫き通したが、命をとるには、あと数ミリ、そこから斬り下ろすか、刀身を回す必要がある状態で、市丸を見上げた。
市丸は何も言わないまま、日番谷を見ている。
あまりにもきれいに刀が身体に入っていたため、微動もできないのだ。
ろっ骨や、重要な臓器を見事に避けた一線に、ピタリと収まった刀をじっと見てから、日番谷も同じように息もせず、そうすることによって喉に当てられた刃がその肉を切り裂くのを防いでいた。