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Don't Speak−20

  三番隊隊長の市丸が大人しく机についていなかったり、意味のわからないことを言っていたりするのはしょっちゅうだったが、おおむねご機嫌であることの多いこの隊長に執務室中をイライラウロウロ、熊のように歩き回られたのは、初めてだった。
「なんでやねん。わけわからへん。普通、想いが通じ合うたら、ラブラブになるもんとちゃうん?なんであの子は変わらへんの?変わらんどころか、よけい冷たなるの?」
 どうやら、十番隊隊長である、日番谷のことを言っているらしい。
 大きな独り言だと思って黙々と自分の仕事をこなしていた吉良だったが、
「おかしいんちゃう?前の方が、まだええ感じやったで?なんや怒っとるの?なあ、聞いてきて。今から十番隊行って、何が不満なんか、あの子に聞いてきて?」
 目の前を何度もウロウロされた揚句、自分の机をバンバン叩いて言われ、吉良はふうとタメ息をついた。
「…あの、そういうことは、ご自身で聞かれた方がいいと思います…」
「なんや、起きとったんかい、このお地蔵さん。さっきから全然返事もせえへんから、寝とるのかと思うとったわ」
(ウワ、すごい八当たり…返事が欲しいなら欲しいと、最初から言えばいいのに)
 最初から言われてもそんな内容では、なんと答えていいやらわからないのだが。
「なあ、イヅルもおかしいと思うやろ?普通、ようやく結ばれた恋人同士なら、毎日会うて毎日チューして、毎日夜をともにしたい思うもんとちゃう?」
「…はあ、まあ、そうですね」
「そうやろ、なー?!」
 吉良の賛同を得て、少しばかり気をよくしたらしい。
 市丸は吉良の机の端にちょんと腰を乗せて、
「あの子、違うねん。前以上に、冷たいねん。なんや知らんけど、怒っとんねん。会いに行っても無視するし、触ろうとすると逃げるし、目が合うと睨むし、今日なんか、チューしようとしたら、思い切り蹴られてんで?なんでなん?有り得へん!何があかんの?!」
「…さあ…?」
 吉良が聞いてくれるので、ますますヒートアップして話し始める市丸に、げんなりしながらも、
「ところでその恋人同士という関係は、日番谷隊長もちゃんとご承知なのでしょうか?」
 思い切って根本的なところを聞いてみた。
「当たり前やん。メチャ両想いや。幾多の苦難を乗り越えて、ようやっと結ばれた恋人同士や」
 自信満々に言うので、吉良は試しに、
「おかしいですね。いくら日番谷隊長がツンデレでも、本当に両想いなら、そこまで冷たいはずが」
「ない言うん?ボクの妄想や言うん?思い込みのストーカーや言うん?」
「いえ、そこまでは」
 突然カッと目を見開いて、恐ろしい形相で反撃された。
「そないなわけあれへん。あの子はもともと、ボクのこと好きやったんよ?イヤイヤ言いながら、可愛えお目々で、ずっとボクのこと見とったんよ?」
「はあ、そうですか」
「そのくせ、ボクの気持ち、ちっとも信用しとらんねん。なんでやろ。最初から好きやて何度も言うとるのに。…まあ、それはわかっとったから、まずそれわからせなあかんゆうのはわかっとったけどもなあ、…あの子その気にさせるの、ほんま大変なんやで?半径3m以内に近づくだけでも、大変やねん。それが、せっかくその気になってくれとるんやから、そのままとりあえずいただいてまおう思うてまうんも、男として、しゃあないやん。ええやんか、なあ?両想いやもん。ウソついたわけやなし」
 ベラベラと一気にまくしたてたその内容を聞いて、吉良にはなんとなくわかってきたような気がした。
(…なんだ、日番谷隊長が怒ってる理由、わかってるんじゃないか。てゆうか、怒られるようなことしてるんじゃないか。どういう事情か詳しくわからないけど、結局きちんと想いを通い合わせる前に、身体を先にいただいちゃったってことなんじゃないのか?)
 これでは本当に日番谷が市丸を好きなのかどうかも怪しい、と思ったことが、顔に出たのだろうか。
 市丸は突然、ムムムという顔になり、パッと立ち上がると、
「こうなったら、剣の稽古や」
「は?」
「剣の稽古であの子に勝って、可愛えお手々握らせてもらうねん」
「はっ?」
「信じられへんねやろ、ほんまやで。あの子、そうでもせんと、お手々も握らせてくれんねやで?」
「いえそのポイントでは」
「せやけど、こうなったらボクも本気や。ごくマジで勝ちに行くで。お手々だけやのうて、あの子の可愛え、…」
 そこで何か妄想したのか、ウフvと気持ち悪い笑いを漏らして、
「ええ考えや。あの子素直にさせるんは、それが一番や。ちょっと挑発して逃げられへんようにして、嫌でもボクの言うこときかせたるv」
 あれほど煮詰まっていたようだったのに、そう言い始めたとたんに、キラキラと顔を輝かせ始める市丸に、
(…何か企み始めた隊長は、本当に生き生きしているなあ〜)
 もはや感心すらして、吉良はその様子を眺めた。
「ほな、善は急げや。ボク、ちょお十番隊行ってくるな?」
「えっ」
 いそいそと出て行こうとする市丸に、吉良は慌てて、
「ちょっと待ってくださいよ、市丸隊長、机の上の書類済ませてからにして下さいよー!」
「大丈夫、大丈夫。すぐに十番隊長さん連れて、戻ってくるよって」
 何を企んでいるのか、自信満々に言い切って、市丸は風のように部屋を出て行った。