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Don't Speak−11

「うわあ、三色団子を手にした日番谷隊長、絵になりますねえ〜vv」
「…意味わからねえ」
 なんなんだ、このハイテンションは、と思ったが、無視してひとつ、団子を頬張ってみる。
 ほどよい甘みがおいしくて、身体も癒えるような気がした。
「ウ…団子を頬張る日番谷隊長…」
「なんだよ」
「いえ、言ったら怒られますから、言えません」
「怒られるようなこと考えやがったのか、テメエ」
「いえっ、そんな怪しいこと、考えてませんッ!可愛いって思っただけです!」
「なんだと阿散井ッ!」
「あ、あーっ、食いかけの団子の串を武器にするなんて、可愛すぎるからやめて下さいーッ!!」
 同じようなことを言っても、言葉そのものでもからかっているとわかる市丸とは違い、阿散井は思ったことを口にしているだけ、という感じだった。
 現に団子の串を握り締めて立ち上がった日番谷の勢いに押されて、本気で慌てて、ゴメンナサイ、スイマセン、を繰り返している。
 これくらいで怒るのも大人気ないと思い、日番谷が団子を置いて座ると、阿散井は胸を撫で下ろして姿勢を正し、
「スイマセン。俺、つい舞い上がっちまって。まさか、日番谷隊長とふたりで団子食えるとは思ってもみなかったものですから」
 意味のわからない言い訳をして、頭を掻いた。
「別に団子くらい、いつでも付き合ってやるぜ」
 軽く答えると、阿散井は「ホントですか?!」と言って目を輝かせてから、
「…あ、でも、そんなことしたら日番谷隊長、市丸の奴に怒られません?」
 心配そうに、驚くようなことを言ってくれた。
「なんであいつに怒られないといけねえんだ」
「…いや、その、…言い方悪かったです。俺が殺されるかもしれません」
「なんだよそれ!あいつにとやかく言う権利なんて、あるか!」
「ないんですか?」
「ねえよ!」
 強く否定すると、阿散井は急に真面目な顔になって、じっと日番谷を見た。
「…あの、俺、俺は、…弱みに付け込むようなマネはしたくねえスから、…その、これだけは覚えておいてほしいんスけど、…」
 真剣なその声に、急に日番谷の鼓動が、早くなった。
「…阿散井…?」
「そんな顔しねえで下さい、俺…」
 この空気は、知っている。
 いつも市丸が、二人きりになると高めてくる、とろりとしていながら胸をドキドキさせるような、…
「吉良副隊長、また市丸隊長を探し回ってたぜ。ホント、苦労するよな、三番隊は」
 だが、突然外から響いてきた大声に、甘い空気は一瞬にして吹き飛んだ。
「どうせまたあのチビッコ隊長追いかけまわしてんだよ。どういう趣味だ、っつーの」
「しかも相手にされてねえって、笑えねえ?」
「えっ、市丸隊長って、アレだろ?薄気味悪いっつーか、得体が知れないっつーか、かなり怖〜い感じの?あの人でも、誰か好きになったりすんの?日番谷隊長?追い掛け回してんの?色んな意味で、怖ッ!」
「あんな毛も生え揃ってなさそうな子供に、恋愛がわかるわけねえじゃん。市丸隊長だって、本気じゃねえだろ」
「わからねえぜ。あの年くらいから仕込んでおけば、好きな色に染まるだろ。そうやって調教すんのがお好みなんじゃねえの?」
「やめろよもう。自分の隊長がそんな変態かと思うと、泣けてくるぜ。ガキに振り回されてよ。情けねえったら」
「いや〜、ウワサによると、日番谷隊長って、魔性らしいぜ。市丸隊長だけでなく、十三番隊の浮竹隊長も手玉にとってるんだってよ」
「ひょえ〜っ、マジかよ?あんな年で隊長になったと思ったら、案外ソッチの手ェ使ったんじゃねえの?」
「ウワ、最悪〜。十番隊に配属されなくてよかった〜」
「阿散井!」
 刀に手をかけて立ち上がった阿散井を、日番谷は鋭く制止した。
「くだらねえ。ほうっておけ」
「でも、日番谷隊長!」
「ほうっておけ!」
 びんと響くその声と、その時わずかに漏れた霊圧に、外にいた男達が日番谷に気付き、慌てふためいて散り散りに逃げてゆく気配がした。
「チッ、あいつら…!」
「気にするな。あんなのは、ただのウサ晴らしの噂話だ。本気で相手にしても、バカらしい」
 言いながらも、ここに阿散井がいなかったら、そして自分の代わりにこれほど怒ってくれなかったら、こんなに冷静を保っていられたか怪しかった、と日番谷は思った。
 聞き慣れた中傷とはいえ、久し振りにその耳で聞いて、日番谷は頭を殴られたようなショックを感じた。
 自分と市丸は、そんな風に見られていたのだ。
 自分が子供だから、年若いからこそ、人一倍しっかりしていないと、バカにされるのは自分ひとりではないことはわかっていた。
 常にそれは肝に銘じていたはずなのに、あんな誘惑に負け、くだらないゲームにのって、隙を作った。
 その小さな隙は日番谷を快く思わない者達によって大きく広げられ、日番谷の周りの者達までが侮辱の対象となる。
 何度も味わってきた辛酸でも、胸が抉られるような苦痛は、変わるわけもなかった。
「どうやらこの店にも、迷惑をかけたみてえだ。出るぞ。その余ったのは、包んでもらって持って帰れ」
「あ、はい…」
 店の者を呼んで、日番谷がぱっと金を払うと、阿散井が慌てて、
「ひ、日番谷隊長、ここは、俺が」
「ばかやろう。副官クラスに、おごられてたまるか」
 言ってさっさと立ち上がり、店を出る。
 阿散井が慌てて後を追ってきた。
(何が調教だ。あんな奴の好きな色に染められてたまるかチクショウ)
 自分がこんな不安定な状態では、十番隊が、浮竹が、バカにされ、陰口を叩かれてしまうのだ。
 仮にも対等な立場を守っている今ならまだしも、この先完全に市丸の手に落ちてしまったら。
 そう思ったらますますゾッとして、日番谷は身震いした。
「日番谷隊長…その、お土産に、このたい焼きだけでも、どうっすか?」
 街を離れてきた頃、阿散井が遠慮がちに、声をかけてきた。
 それなりに気を使っているつもりなのだろう。
「…そりゃ今は、毛も生え揃ってねぇガキかもしれねえけど…」
「え?」
「俺は成長したら、テメエよりデカくなる予定だから、気にするな!せいぜい今のうちに、言いたいだけ言ってりゃいいぜ!」
 勢いよく日番谷が言うと、阿散井は放心したように、両手で抱えていた山のようなお土産を落とした。
「ウッ…まだ生えてなかったんスか…どうしよう、隊長のそんな赤裸々な秘密を聞いてしまった…」
 真っ赤になって鼻を押さえる阿散井に、日番谷も慌てて、
「バ、バカッ、何言ってんだお前?!ポイントそこじゃねえから!食いつくところ、間違ってるから!」
「隊長!」
「うわっ!」
 感極まったように叫んで、いきなり阿散井が、抱き付いてきた。
「日番谷隊長…俺、市丸とのことは決して応援してませんけど…日番谷隊長の幸せは、本気で願ってます。…だから、そんな顔されると…俺…」
 その熱く力強い抱擁にドキッとして、日番谷は思わず息を飲んだ。
 市丸とは違う匂い。
 そのそばにいることは、市丸といるよりも安心するのに。その腕の中も、心が安らぐような心地がするのに。
 どうして市丸なんだろう。
 どうして市丸でないと、いけないのだろう。
 泣きたいくらい切なくなって、日番谷は一度グッと目を閉じて、ゆっくりと息を吐いた。
「阿散井」
 大きな背を、子供をあやすように優しく撫でて、日番谷は静かに言った。
「お前にまで心配かけちまって、悪かったな」
「日番谷隊長…」
 断ち切らないといけない。
 断ち切るべきだ。
 いつまでもこんな想いを抱えていたって、良いことなんか、ひとつもない。
「大丈夫だ、じきに決着はつける」
「隊長…」
 言って優しくその腕をほどかせると、日番谷は落ちた包みのひとつを手に取り、ひとつ土産にもらって帰るな、と言って、軽く手を上げて挨拶をすると、ゆっくりとひとり、十番隊へと戻っていった。