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Don't Speak−10

  このところ日番谷はデスクワークを放棄し、外を飛び回る仕事に専念している。
 自分と日番谷の机の上に日々たまってゆく書類の山を見ながらそう思い、松本は小さくため息をついた。
 これまで日番谷が真面目にデスクワークをこなしてくれていたから自分が気を抜けていたのであって、日番谷がデスクワークをしなくなったら、今度は自分が気を引き締めてかかるしかない。それが、バランスというものだ。
 だが、そうは思っても元来そういう仕事が嫌いな松本は、書類を処理するより先に、どうしたら日番谷を元のような、真面目にデスクワークもこなす隊長に戻せるのか、何が彼をそうさせているのかと、必死でそればかりを考えていた。
 このところ日番谷は、いつも不機嫌だった。
 必要最小限の書類だけをいつも以上のスピードでこなし、さっさと外回りの仕事に出かけて、なかなか帰ってこない。
 書類を片付けている時は前以上に眉間にしわがより、話しかけるのもためらわれるような雰囲気だった。
(ギンとケンカでもしたのかしら?)
 チラッと思うが、市丸の方は前と何も変わらない様子で、しょっちゅう十番隊に遊びに来ては、隊長さん、今日もお外のお仕事なん〜?などと緊張感のない声で言って、松本とベラベラ無駄話をしては帰っていくようなことを繰り返していた。
(それとも、浮竹隊長かしら?)
 浮竹は、一度思い詰めたような顔をしてやってきて、日番谷に何か謝りたいと言っていた。
 日番谷はその日たまたま一日いなくて、がっかりしたように帰っていったが、日番谷はそれを知るととたんにキッと怒ったような顔になり、その足で浮竹のところに行ったようだった。
 その後何も話を聞かないから、その件はケリがついたのだと思っていたが、案外それがまだ続いているのかもしれない。
 ハアともう一度タメ息をついたところで、六番隊の阿散井がやって来た。
「ちは、阿散井です。あれ、今日日番谷隊長はいらっしゃらないんですか?」
「このところ、ずっといないのよ」
「え、任務で?」
「う〜ん、それが」
 日番谷が人一倍弱みを見せないように頑張っているのは知っていたので、ここで他隊の者に日番谷が何か煮詰まっているらしいことを言うのは、ためらわれた。
 だが何か思うところがあったのか、阿散井は松本のその様子を見ただけで神妙な顔になり、
「俺、探して来ようかな。どうしても、急いで日番谷隊長に渡したい書類があるし」
 見え見えの口実をうわの空で言って、阿散井はふわりと十番隊を後にした。



 日番谷はこのところ、普段はなかなか忙しくてできない、瀞霊廷内の巡視に回っていた。
 その後はいつも、地下にある隊長格用戦闘訓練場にこもっている。
 松本には悪いが、こういう時には何もかも忘れてただひたすらに技を磨き、霊力を上げ、強くなることに専念することが、自分のためにも十番隊のためにも、一番いいように思えたからだ。
 強くなること。
 それは、日番谷の、何よりの目標だった。
 守るため、惑わされないため、バカにされないため、他人の好きなようにされないため。
 精神的にも、肉体的にも、強く、強く、強くありたい。
 死神になるもっと昔から、衝き動かされるように何度も何度も、自分に誓ってきたことだった。
 広い瀞霊廷の中の、商店が並ぶ一角で、ふと日番谷は足を止めた。
(…昼くらいに一度、雛森の顔でも見に行くかな…)
 茶菓子でも持って。
(あいつ、甘いモン大好きなんだよな。太るの気にしながら、もりもり食ってたよな。ヨシ、このへんの綺麗な色で甘そうなやつをたくさん買って、もう少し太らせてやるか…)
 雛森に会いに行こうと決めたとたん、心がさあっと洗われて、温かい気持ちになるのを感じた。
 どっちが守られているのかわかりゃしねえ、と思っても、不思議とそれは、嫌な気分ではなかった。
 だが、店の者を呼ぼうとする前に、その声量だけで吹き飛ばされそうな大声が、日番谷を呼んだ。
「ああっ、日番谷隊長、みぃつけた!」
 振り向くと、どこから飛んで来たのか真っ赤な髪をした大男が、ずしんという地響きが聞こえそうな勢いで目の前に着地して、満面に笑みを浮かべた。
「阿散井?!」
「いやあ、こんなところで会うなんて、奇遇スね!!」
(…今、みつけたとか言わなかったか?探してたんじゃねえのか?)
 大きく肩で息をつき、どう見ても偶然ふらりと出会った様子ではない阿散井を見て、日番谷は目をぱちくりさせたが、その勢いに少し圧倒され、「お、おう」と答えるにとどめた。
「よかったら、そこの団子屋で、ちょっと休憩でも、していきませんか?」
「…確かにお前は、ちょっと休憩した方がいいかもしれん…」
「じゃ、そういうことで、俺、おごりますから!」
 ゼイゼイハアハアしていた阿散井は、基礎体力が有り余っているせいか、じきに復活して、元気よく言った。
「気ィ使うなよ」
「イヤ俺、日番谷隊長に団子おごるの、夢だったんス!その夢をぜひ、今叶えさせて下さい!」
「なんだそれ。…まあ、食うのはいいけど」
 強引な口実に呆れながらも、プラスのオーラをガンガン発する阿散井と話すのは、いいことかもしれない。
 日番谷が承知すると、阿散井は目を輝かせて、
「ヤッタ!じゃ、すぐそこなんで!」
 本当に嬉しそうに言って、日番谷を近くの団子屋へ連れて行った。
 その団子屋には店の外にも椅子が置かれていたが、阿散井は店の奥の、ゆっくり落ち着ける席へつくと、店のメニューを端から端まで、山のような数で頼んでから、
「あ、日番谷隊長、ダメなものとか、ありました?」
「…別に、お前が食えるなら、俺は何も文句はねえよ」
「いや、ここ、うまいんス。日番谷隊長の好み、わかんなかったんで、とりあえず全部頼んでおけば、自ずとその謎は解けるかと思って」
「…ひとこと聞けば済むじゃねえか。相変らず、おおざっぱというか、豪快だな、お前」
「いやあ、そんな、日番谷隊長に言われると、照れます」
「褒めてねえけど」
 呆れるほど、ストレートだ。
 裏に隠したものなど、これっぽっちも感じない。
 その単純さ、あけっぴろげさは、日番谷にはとても好ましく思えた。
 やがて甘味とお茶が運ばれてくると、阿散井は期待に目を輝かせながら、
「日番谷隊長は、どれがお好きですか?」
「…いや、なんか…、どれでもいいというか…、見ただけでおなかいっぱいと言うか…」
「遠慮しねえで下さいよ!このたい焼きとか、三色団子なんか、イケますよ!」
 差し出されて仕方なく、日番谷は団子をひとつ取った。