.

初めてのバレンタイン−2

 かくして日番谷は二人に守られながら、バレンタインのチョコ売り場という一般の男がなかなか近づけない場所へ、安全にスピーディーに何の問題もなくたどり着いた。
 バレンタインのチョコ売り場と言っても、現世のデパートなどのように大々的に派手に特設売り場が設けられているわけでもなく、普通の商店の一角ではあったが、そういう情報は豊富な二人はこちらではなかなか手に入れることのできない現世の菓子をそれなりに取り扱っている店をよく知っていて、そこにはなかなかの品揃えがあった。
 日番谷は店内をざっと見ると、迷うことなく一番豪華な箱に手を伸ばした。
「じゃあ、これ」
「まあっ、さすが、本命チョコは気合が違いますね!」
 いつも素っ気ない日番谷のことだから、申し訳程度に板チョコでも選ぶかと思いきや、意外にもひと目で大本命チョコとわかるような、市丸にはもったいないと思わず思ってしまうようなすごいものを瞬時に選んだ。
 あまりに意外で思わず松本が言うと、日番谷はごくクールに、
「だって、十倍返しだろ?安いモンの十倍なんてたかがしれてるけど、これくらいのモンの十倍だったら、それなりのモンになるだろ」
 賢い子供は、教えた者の教えたとおり、ちゃんと学習していたのだった。
 なんだ、つまんない、と思いながらも、お返しへの期待は、確かに高まる。それをもらった時の市丸の反応も、ムカつかないこともないけれど、ちょっと見てみたいとも思った。
「一番上等なラッピングしてくれ」
 店員に男らしくそんなことを言った日番谷だったが、
「カードはおつけしますか?」
 さらりと聞かれて、予想外の攻撃に動揺し、
「い、いらん、そんなものはいらん!」
 必死で断っているが、ここまできたら、とことん楽しみたい。
「ダメですよ、隊長!ここは押さえるポイントですよ!本命の相手からのチョコにカードがついていたら、人情として、お返しも十二倍くらいにはなりますよ!」
「あげるからには、やっぱり差をつけなくちゃ!カードはアピール度高いのよ〜!」
 二人がかりで言われて、日番谷はうろたえた。
「で、でも何て書きゃいいんだよ、ヘタなこと書いて喜ばれたら、ムカつくじゃねえか!」
「何言ってんですか、喜ばせるために書くんですよ!あいつを有頂天にさせて、二十倍のお返しをいただくんです!」
 さすが松本は照れ屋の日番谷の逃げ道をさっと把握して、その気にさせる効果的な言い方でたきつけた。
 続けて雛森も、「『愛を込めて』っていうのはどうかしら?『市丸隊長へv、冬獅郎』ってだけでもいいと思うわ」などとすかさず具体的なアドバイスに入る。
「ハ、ハートマークは書かねえぞ?愛も込めねえし!」
 渡されたペンを震える手で持って、日番谷は真っ赤になって言った。
「もったいないわ〜。愛を込めて、の一言でお返し二十五倍になるかもしれないのに〜」
「ハートマークひとつで、三十倍かもしれないわよ、シロちゃん」
 ただでさえ動揺しているのに、正常な判断力を狂わせるようなことをどんどん言われて、日番谷はパニックになりかかっていた。
 市丸の『市』まで書いただけで恥ずかしさ満載になり、手が震えて『丸』すら書けなくなってしまう。
「シロちゃん、頑張って!」
「シロちゃんてゆうな!」
「隊長、ここは男らしく、ズバッとキメないと!」
「ううううるさい、黙ってろ!」
 震える字でなんとか『市丸へ』まで書いたが、その後かなり悩んでためらっても、さすがに『愛を込めて』やハートマークは書けないらしい。すぐに慣れた速さで日番谷、と書いて終わりにしてしまう。
「隊長〜、こういう時は『冬獅郎』の方が効くんですよ〜う。宛名もギンの方がよかったかも」
「うるさいってば、いいんだ、これで!」
「キスマークつけますか?口紅貸しましょうか?」
「つけるか、バカ!」
「じゃあ、ぎゅっと抱き締めて、カードに愛を込めようよvv」
 さらりと言った雛森の言葉に、日番谷は一瞬固まった。
「…な、なんだ、それ??」
「そういう目に見えないものの方が、相手に伝わるものよ。それに、そうしたらただのチョコレートが、ふたつとない魔法のチョコになるんだから。文字で書けないなら、せめてそれくらいしてあげないと」
 天使のような微笑で言われて、日番谷はうっかり見失ってしまった。
 そ、そうかな、などと言って、少しためらってから、そっとカードを胸に押し当てる。
 松本は雛森のあまりのグッジョブぶりに悶えそうになるのを必死で抑えるだけで精一杯だったが、雛森は続けて、
「じゃあ後は、軽くチュッてやってみて」
「このカードに?」
「そうよ」
 雛森の魔法にかけられたように、驚くほど素直に日番谷は言われた通り、カードに軽く口付けた。
 その様子は可愛いだけでなく妙に艶かしくて、松本は思わずゴクリと唾を飲んだだけでなく、とっさにナイショ撮り用のカメラを出して、その姿を激写した。
「あっ!テメエ、今何しやがった!」
 雛森の魔法から覚めたように日番谷が我に返って、一気に顔を真っ赤にさせて怒鳴った。
「日番谷くん、カード、早く封筒に入れて!」
 恥ずかしがった日番谷がせっかくのカードを破ったりしてしまう前に、雛森は素早くカードを奪い取り、封筒に入れて封をした。
「これでヨシ!シロちゃん、完璧よ!早速三番隊に渡しに行きましょう!」
「ちょっと待て、今松本の奴が…てか、やっぱりヤメだ!カードはナシだ!」
「何言ってるのよ〜、男らしくないぞ〜。あっ、それとも焦らし作戦?それもいいわね、夕方くらいに行こう!」
「そんなんじゃねえ〜っ!」
 雛森がごまかしている間に松本はさっとカメラを隠し、「何かありました?」とでもいうようなシレッとした顔で、
「そうね、その方が効果的だわ。どうせあいつ今日も夕方には遊びに来るだろうから、その時に渡せばいいわよ」
 渡す瞬間をぜひとも見たい松本は、もっともらしくそう言って、店員からチョコを入れた手提げを受け取ると、さっさと店を出る。
 こちらもその時に一緒にいたかった雛森だったが、その辺は仕方がないので、松本からの詳細の報告で満足することにした。
 余談だが、その時応対をした女性の店員は、初めて見る十番隊隊長のあまりの可愛らしさと思いがけない萌えニュースと萌えシーンの連発に、色々な方向に目覚めて友人達に報告しまくり、日番谷隊長ファンが一気に増えたという。