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開けたらあかん−15

「なんでなん?」
「けじめがなくなる!」
「けじめて、何の?」
「例えば、今のだよ!お前とは、こっ…いびとかもしれねえが、勝手に風呂に入ってくるとか、やめろよな!」
「えっ、『お前とは、』何?」
「変なところ聞き返すな!」
 ニヤニヤしながら耳に手を当て、よく聞こうとするように身をかがめて聞き返す市丸に、日番谷は真っ赤になってその脚を蹴った。
「大丈夫、大丈夫。何事も慣れやて。そない恥ずかしがらんでも、すぐにキミも気にならんようなるよ?」
「恥ずかしいとか、そういう問題じゃねえ!」
 日番谷が怒っても、市丸は全く気にした様子もなく、持ってきたらしい風呂敷包みを勝手に日番谷の部屋の棚に置いたりしている。
 その中には、きっと着替えの死覇装や、羽織などが入っているのだろう。
 市丸のそんな私物が自分の部屋に置かれる様子を見て、日番谷は思いがけず、ドキリとした。
 あの晩、市丸に箱を渡された時みたいに、市丸の一部が日番谷側に入ってきたような気がした。
 市丸を感じ取れるものが、形をもって、日番谷に渡されたような気がした。
 棚に置かれた風呂敷包みを見ながら突然静かになった日番谷に、市丸はにっこりと笑って、もうひとつの包みの前に行って、座った。
「日番谷はん、こっちにおいで?」
「…なんだよ?」
 少し警戒して、安全な距離を保って、近付いた。
「箱がなくなってもうたから、キミに代わりのプレゼントを持ってきたんよ」
「…代わりのプレゼント?」
 市丸の長い指がするりと包みの口を開いて、中から品のあるつくりの、道具箱が現れた。
「…なんで道具箱」
「きれいやったから」
 またもよくわからない贈り物だが、市丸がこうやって何かをくれようとするのは、彼なりに、それで愛情を表現しようとしてくれているらしいことは、なんとなくわかった。
 今度は箱も大きくて、持ち歩くことはできないが、その気持ちは、やっぱり嬉しい気がした。
「箱、好きだな、お前」
「うん、まあ、引き出しがあるとええなあ思うてな」
「なんで」
「キミが箱の中身を、とても気にしとったみたいやから」
 そこで市丸は、また意味ありげに、日番谷を見た。
「この箱はキミにあげるけれども、この一番下の引き出しだけは、開けたらあかんよ?」
「えー!なんだよそれ!もういいよ、もうやめろ、そういうの!」
「…この引き出しは、この先キミが、ボクの愛を信じられへんようになった時」
 だが、市丸がいつもと少し違う雰囲気で続けたので、日番谷は黙った。
「淋しくて、たまらなくなった時」
 なにか、とてつもなく真摯な色を含んだ目で、声で、なにか、とてつもなく大切なことのように、静かに市丸は言った。
「耐えられんようになったら、これを、開けるんよ?」
「……」
「それまでは、開けたら、あかん」
 何か、生きていく上でとても大切なことを、親に教えてもらっているような気分だった。
 それをしっかり覚えておくことが、何かとても大切なことのように感じ取れて、日番谷は素直に頷いて、
「…わかった」
 答えると、市丸はにっこりと笑った。
「でもそれ、なんか不吉な予言みたいに聞こえるんだけど。俺がそんなふうに思う日が、そのうちくるだろうって前提じゃねえか。そんなもの渡す前に、テメエの行い改めればいいんじゃねえの」
 というか、信じられないとか、淋しいとか耐えられないとかだったら、今すぐ開けてもいいとも思えるくらいだ。
「こなかったら、それはそれで、ええやん。必要ないよ」
「必要ないもん、最初から贈るな」
「淋しかったて、言えへんくせに」
 突然意地悪な笑いを浮かべて、市丸は言った。
「なんだとー!!」
「ボクの愛、信じてへんくせに」
「言ったな!」
「信じてくれとったら、必要あれへん。あの引き出しは、永遠に、開かんままや」
 それはとても幸せなことだというように、市丸は満たされたように言った。
「それはそれで、気になるだろう」
「あは。そうやね」
「なんか、ムカつくんだけど」
「悔しかったら、キミも何か、考えてみい」
「テメエにやるものなんて」
 言って一瞬考えただけで、突然切なくなって、日番谷は黙った。
 物を贈ることはとても簡単だけれど、それに意味をもたせることは、とても難しい。
 物はただ物で、それに価値を持たせ、市丸にそれを大事に持たせることなど、夢物語のように現実味がなく感じた。
 空虚で、空しい行為に思えた。
 そう思ったらたまらなくなって、日番谷は黙ったまま、市丸に近付いて、その着物を掴み、ぎゅっと身を寄せた。
「あれあれ、どないしたん?急に可愛くなってもうて」
 すかさず大きな腕が回って、抱き締められる。
 そんなことを言われても、なぜか平気だった。
 市丸には、ないのだろうか。
 日番谷の愛を信じられなくて、淋しくて、耐えられなくなるような時が。
 今まで一言も、好きとも大切とも言ったことがない日番谷に、その言葉を求めたこともない市丸には。
「…お互い、任務とか仕事とかはあるけど」
「うん?」
「そうじゃない時に、一週間あのお前の私物が使用されなかったら、焼却してやるからな」
 日番谷が言うと、市丸は弾むように嬉しそうな声で、
「余裕やね」
「…三日使用されなかったら、焼却する」
「楽勝や」
「……毎日使わなかったら、焼却する…」

 ふわりと空気が揺れ、日番谷の声に、切ないものが混じった。

「…冬獅郎…」
 ぎゅっと市丸の胸に顔を埋めたまま、消えそうな声でそう言った日番谷に、市丸は息を飲み、冗談のような口調から、急に真剣なものに変わった。
「…ええの?」
 抱き締める腕にも、珍しくどぎまぎするような、愛おしむ想いのより強くなった力が入った。
 想いが溢れるように、大切な大切な宝物を抱くように髪に顔を埋める市丸に、日番谷もドキドキしてきて、
「…毎日更新しねえと、お前の言葉、有効期限が短ェから。三日も空けやがったら、もう、信じてやんねえし」
 ついそんなことを言ってしまうと、それまでどんな憎まれ口も平気だった市丸が、突然「えっ!」と声を上げ、ショックを受けたように、日番谷を抱いたまま、その場に倒れ込んだ。
「い、市丸?!」
「そ、そんな…三日前の言葉は、もう有効期限切れなん?もう信じてもらえへんの?」
 珍しく効いたようだな、と思いながらも、いい薬だと思って、日番谷は強気で、
「そりゃ、そうだ。気分で毎日変わるじゃねえか、テメエ」
「キミに対する気持ちは、マイナス方向には絶対変わらへんで!」
「だからそれが信用できねえっつってんの!それが嫌なら、行いを正しやがれ」
「……しょ、精進します…」
 参った、というように天井を見上げて、市丸は震える声で言ったが、
「信じてもらえるように頑張るから、そうなるまで、あの引き出し開けんでね?」
「信じられなくなった時に開けるんじゃねえのかよ?」
「いや、そうなんやけど」
「なんだ、手紙でも入ってるのか?何書きやがったんだ?どれ、開けてやろう」
「わー!やめてやめてやめて、お願いします、やめてください!」
 必死で止める市丸に、なんだか笑えてしまった。
「なんだ、お前案外、浅いな。つまらねえから、開けねえでやるか」
 意地悪を言うと、またもダメージを受けたようだった。
 冬獅郎は、意地悪や…と泣き真似を始める市丸に、日番谷は何故かとても安心して、ま、当分あれを開ける日はこねえだろうよ、と言って、大きなその胸に、うっとりと抱きついた。
 市丸はタメ息をついて日番谷の頭を撫で、冬獅郎には敵わんわ、と降参するように言った。