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開けたらあかん−13


 休みが明け、すっかり体調も整った日番谷が、先日の詫びがてらアンケート用紙を持って九番隊の檜佐木のところへ挨拶に行くと、檜佐木は日番谷の顔を見るなり、頬を染めて背筋を伸ばした。
「あっ、日番谷隊長、先日はどうも」
「いや、俺こそ、世話になったな」
 なんだか態度がおかしいな、と思いながらアンケート用紙を渡すと、どうも、と礼を言ってから、檜佐木はためらうように、
「…その、市丸隊長のことをクソ野郎と言ったのは、あれは冗談です」
「は?」
「まあ、考えてみたら、乱菊さんとも、ただの幼馴染だし」
「はあ?」
「…その、スイマセン、気を悪くされてたんじゃないかと思って」
「何言ってんの、テメエ?」
「いえその、俺、知らなかったもので。おふたりが、付…」
「つ?」
「付き…、」
「つき?」
 ますます真っ赤になって、檜佐木はそこで何かを頭から振り払うように、首を大きく横に振った。
「いえ、なんでもありません。俺、このところちょっと、よく眠れなくて」
「…大丈夫か?なんか本当に、ヤバそうだけど、お前」
 わけのわからないことを言うし。熱があるみたいに、顔が赤いし。態度も変だし。
 あの晩市丸が日番谷をさらっていった、意味ありげな一幕を知らない日番谷は、檜佐木が何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
 しかもその日の夕方、今度は朽木が、再び十番隊を訪れて、
「事情を聞かせてくれぬか」
「え?」
 珍しく少し気分を害しているようなその様子に、嫌な予感がしつつも日番谷が何気ない顔を装って聞くと、
「今日の昼過ぎに、市丸隊長と会った」
 出てきた名前に、今度は何をしてくれたかと、内心で冷や汗が流れた。
 朽木の話は、こうだった。
 昼過ぎ頃に、ふらりとやってきた市丸は、朽木があまり好ましく思っていないニヤニヤした笑いを浮かべて、
「六番隊長さん、なぞなぞや。四角くて、黒と朱色の柄があって、手の上に乗るくらいの大きさの、奇麗な細工のしてあるもの」
 無視して行こうとしていた朽木は、その言葉に思わず、足を止めてしまっていた。
「これ、な〜んだ?」
 忌々しい言葉とともに市丸が懐から出して見せたのは、日番谷が持っているはずの、あの箱だった。
「それは…見せてくれ」
 朽木が手を出すと、市丸はあっさり渡してくれたが、感じのよくない笑顔で、六番隊長さんは、愛妻家やったんやってねえ、と言った。
 市丸にはあまり話題にしてほしくなかったので、黙ったまま手にとって見るが、どう見てもそれは、あの箱に見えた。
「この箱は、日番谷隊長が持っていると思っていたが?」
 朽木の頼みを断り、大切にすると言っていたのに、何故市丸が持っていて、こうして見せに来るのか。
 少々気分を害して朽木が聞くと、市丸は素早く、
「あの子のことは怒らんといて。もともとこれは、ボクのものやったんよ。あの子もああするしか、仕方なかったんよ」
「説明してくれるか」
「十番隊長さんは、その箱は六番隊長さんがずっと探してはった箱で、大切なものみたいやから、ぜひ譲ってあげたい言うてはりました」
「それで、兄が断ったのか」
「ボクは、十番隊長さんがそこまで言わはるから、ほんまに六番隊長さんがそない大切にしてはるのか、確かめに来ましたんよ」
 やや要領を得ないが、箱の所有権は市丸にあって、日番谷の話を聞いて、そんなに大切なのが本当なら譲ってもいいと思ってこうしてやって来たのだというを理解した。
 市丸の箱をなぜ日番谷が持っていたのか、なぜ最初からそう言わず、一度日番谷が断りに来て、市丸が改めて朽木のところに来るのかなど、気になることは色々あったが、諦めかけていた箱を譲ってもらえるなら、そんな嬉しいことはない。
 少々警戒しながらも、
「もちろん、とても大切なものだ。日番谷隊長から、聞いていると思うが。…譲ってくれるなら、感謝する」
「そうですか。ほんまに大切なもんやったんね」
「そうだ」
 朽木が答えると、市丸は満足そうに頷いて、
「ようわかりました。ほなら、返してもらえますか?」
「え?」
 朽木の前に手を出して、申し訳ないけれど、というような素振りは全くなく、市丸はにこにこしたまま、当然のことのようにためらいもなく言った。
「六番隊長さんのお気持ちはようわかりましたから、そろそろ返してもらえますか?」
「譲ってくれるのではなかったのか」
「譲るなん一言も言うてませんよ?」
「礼ならする」
「礼なんいりません。その箱さえ、返してくれはったら」
「ならば、何のために来たのだ」
「せやから、言うてますやん。六番隊長さんのお気持ちを、確かめに」
「……」
 なんだそれは、まさか本当に気持ちを確認するためだけに、もっと悪く言えば、確認した上で見せびらかしに来ただけなのか?とムッとしたが、市丸のものだと言うのに、返さないわけにはいかない。
 憤慨しながらもしぶしぶ朽木が市丸の手に大切な箱を戻すと、市丸は全く大切でもなんでもないものを扱うように無造作に懐に戻して、
「ほな、さいなら。亡くなられた奥さん、いつまでもお大事に」
 神経を逆撫でするようなことを言って、本当に市丸は帰っていってしまったのだという。
「バカにしに来たとしか思えないのだが、どういう事情か、説明してもらえるか」
「市丸のクソ野郎が、とんでもない失礼をして、申し訳ない!」
 話を聞いて、とっさに日番谷は、叫ぶように言って立ち上がっていた。
 大切にすると言ったのに、市丸に投げ付けてそのままだった。
 忘れていたわけではなく、投げてしまって悪かった、もう一度あの箱をくれ、ともなかなか言えず、ずっと気にしていたのだ。
 確かに日番谷も悪いが、事情を話したのに、何故わざわざそんなことをしてくれるのか。
 それでは朽木が怒るのも無理はない。
「あのバカ野郎は、性格悪いんで、何か理由があってそんなことをしたんだと思うが、ないかもしれない」
 庇いたいのに庇いきれないところが、悲しいところだ。
「素で性根が腐ってるから、たぶん悪気はないんだと思う!そんなことを言いに行ったなら、少しは譲る気があったと思うから、俺、今から奴んとこ行ってくるんで、六番隊で待っててくれるか?」
「…うむ。兄がそう言うのなら」
 日番谷の激しい反応に、朽木は多少面食らったようだった。
 事情の説明は何もないが、日番谷が怒って、市丸のところに行くというのだから、任せた方がいいと思ったのだろうか。
 頷いた朽木に日番谷は本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、
「すまない、朽木!じゃあ、またな!」
 今度こそは、怒って箱を奪い返し、朽木にやると言ってもいいかもしれない。
 いやもうそうしないで、朽木に会わせる顔がない。
 ここはとにかく怒った勢いでいくしかしょうがない。
 今回は、市丸が悪いのだから。
 手放したくはなかったし、敵ばかり作る意味のわからない市丸の行動には猛烈に腹が立って仕方がなかったが、…朽木の思いを叶えてやれることに、どこかホッとしてもいた。