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開けたらあかん−11

 市丸の嫌いなところ。
 人の気持ちを見透かすような目で、弱いところを平気でついてくるところ。
 本当に日番谷を好きだというような態度を見せるくせに、差し出した手を、気分次第でいとも簡単に引いてしまえるところ。
 何を考えているか、全然わからないところ。
 何がウソで何が本当か、全然わからないところ。

 一緒にいると、涙が出るくらい、胸が熱くなってしまうところ。





 そのまままっすぐ三番隊に向かうと、執務室に行くまでもなく、隊舎の門の近くで、市丸をみつけた。
 まるで日番谷が来ることを知っていて、そこで待っていたみたいだった。
「いらっしゃい、十番隊長さん」
 何もなかったかのように、いつもの笑みを浮かべ、柱にもたれたままで、市丸が声をかけてきた。
「六番隊長さんは、喜んでくれはった?」
 けっ、と吐き捨てて、日番谷は腰に下げた袋から、箱を出した。
「これで、満足だろう」
 言うなり、市丸に投げつけた。
「お前の大切なもの、返してやるよ」
 市丸は一瞬驚いたような顔をしたが、それをぱっと受け止めて、
「…開けてもうた?」
「知るか、もう、充分だ」
 市丸に振り回されるのなんか。
 叫び出したいほどのやるせなさに、苦しむのなんか。
 日番谷はそれだけ言うと、くるりと向きを変え、瞬歩で市丸の前から立ち去った。






 ようやく就業時間を終え、檜佐木が九番隊に遊びに来ていた阿散井と出かける相談をしていたら、突然十番隊の日番谷が現れた。
「仕事終わったか、檜佐木!」
「あれ、日番谷隊長!」
 驚いて阿散井と顔を見合わせると、
「阿散井もいるのか、丁度いい、飲みに行くぞ、付き合え」
「飲みにって、日番谷隊長?!」
 こんな時間に仕事を終えてこんなところに日番谷が現れるのも珍しいが、飛び出した言葉はそれ以上に信じられないものだった。
「いいから、付き合え。俺のおごりだ」
「あ、もしかして、乱菊さんも来るんですか?」
 思わず尻尾を振って聞くと、すごい目で睨まれた。
「男同士の席だ。女はいらねえ」
「いらねえって、何があったんですか、日番谷隊長!」
「うるせえな、四の五の抜かさず、とっとと来い!阿散井もだ!」
 ひょえ〜、怖ェ〜、逃げたい〜と思ったが、今月もそろそろ貧乏になってきていたので、おごりという言葉には、とても惹かれた。
 阿散井も困った顔をしていたが、先に気持ちを切り替えた檜佐木は調子よく、
「いやあ、俺、いい店知ってるんスけど、どこか店決めてます?」
「じゃあ、そこに連れてけ」
「よし、行くぞ、恋次!」
「マジっすか!」
 阿散井の首を引っつかみ、ちょっと豪勢な時でないとなかなか行けない店にちゃっかり案内すると、奥の一番上等な個室に通された。
 好きなものを頼めと言われ、遠慮なく好きなものを頼みまくり、いいのかな〜と内心思いながらも、日番谷にも酌をした。
 それをぐっと一気にあおっても平気な顔をしておかわりを要求する日番谷に、案外強いんだなと感心していたが、じきに日番谷は荒れだした。
「あのクソ野郎になあ、ぎゃふんと言わせる方法、俺も本気で考えるぞ!」
「え、あのクソ野郎にスか?」
 クソ野郎といったら、市丸に違いない。
 いや、市丸以上のクソ野郎など、この世にいないと言ってもいい。
 きっと市丸に何かムカつくことをされて、珍しくもこんなに荒れているのだ。
 すぐさまピンときて、檜佐木は頷いた。
「賛成です!協力惜しみません!ぜひそうしましょう!」
「だいたい、あいつにゃ、心がねえ!本当に大切なものがねえんだぞ、信じられるか?!」
「信じらんねースよね〜、でもあいつのことだから、本当にねえかもしんねースね〜」
「え、誰のことスか、日番谷隊長、檜佐木先輩?」
 ひとり話についていけない阿散井がきょとんとしていたが、
「バカ、クソ野郎っていったら、あいつだよ!」
「ああ、市丸ッスか?それとも涅?」
 阿散井が遠慮なく名前を出すと、日番谷はジロリと睨んでから、
「…まあ、飲め」
 檜佐木と阿散井のコップに、酒を注いだ。
「あっ、ありがとうございます」
「いただきます」
 何があったか知らないが、小さくても、日番谷は男だ。
 多少心配しながらも、案外いける口のようだったので、こういう時は飲むに限ると思い、檜佐木はおおいに酒を注ぎ、料理も食べまくった。
 日番谷は具体的なことは何も言わないまま、あらゆることに怒って文句を言い始め、二人は飲み食いしながら、そうスよね〜、全くですよね〜、などと調子よく話を合わせていたが、そのうちその先が、檜佐木や阿散井に回ってきた。
「おい檜佐木、お前もなあ、グジグジ言ってねえで、文句があんなら、正面から対決しろ!そんなんだから、松本に相手にされねーんだ」
「えーっ、そこにきちゃうんですか!」
「だいたいテメエは、インパクトがねえ!何目指してるんだか、わからねえ!」
「ぎゃふん!」
 キツいところを思い切り突かれて、思わず檜佐木がぎゃふんと言ってしまった。
 酒に酔っているとはいえ、そんなふうに思われていたなんて、ちょっとショックだ。
「まあまあ、檜佐木先輩は、檜佐木先輩っすよ!頑張ってると思いますよ!」
 阿散井がそれなりに気を使って、肩を叩いてフォローを入れてくれるが、
「頑張りゃいいってもんじゃねえぞ、阿散井!テメエはテメエで、気合の割には、空回りすぎんじゃねえの!」
「ぎゃふん!」
 思わず阿散井もぎゃふんと言って、檜佐木と一緒に小さくなった。
「だいたいテメエは、ガサツなのか繊細なのか、どっちかハッキリしろよ!」
「ひど…!てゆうか日番谷隊長、飲みすぎなんじゃ…?」
「てめえの金で飲んでんだ、何が悪い!これでもな、一応身体によくねえと思って、飲まねえようにしてたんだぞ。お前ら、こんなまずいモン、よく飲むぜ!」
「えーっ!ま、まさか日番谷隊長、お酒飲むの初めてなんスか!」
「悪ィか!」
 あんまり飲みっぷりがいいものだから、てっきりイケると思ってしまった。
 でももしかしたら、単に飲み方を知らないだけだったんじゃあ?
 青くなってふたりが顔を見合わせると、
「何か文句あんのか!言ってみろ、檜佐木!」
「ありません!」
「阿散井!」
「ありません!」
「じゃあ注げ!」
「あの、そのくらいにしておいた方が…」
「なんだとお前、子供だと思ってバカにしてやがんのか!」
「めっそうもありません!」
「でもホラ、明日も朝早いですし」
「俺は明日、休みだ!」
「うわおう」
 こうなったら、いっそ潰してしまうしかないか、でも一応子供相手にそんなことをしていいのか、と全くもって対処に困り、二人の手の間で酒の瓶とジュースの瓶がいったりきたりする。
 その間に日番谷は手酌を始め、二人が慌てて止めようとすると、ごうっと冷気が襲ってきた。
「うわ、日番谷隊長、勘弁してくださいよ!」
「マジで、マジで、やめた方がいいですって!」
「うるせえな!ったくよぉ、やってられっかよぉ、どいつも、こいつも」
 一気にグラスをあおってそう言ったと思ったら、突然日番谷はテーブルの上に突っ伏した。
「ひ、日番谷隊長?」
「大丈夫ですかっ?」
 びっくりして肩を揺すると、さっきの勢いはどこへやら、日番谷は、う〜ん、と可愛らしい声を出して、眉を寄せた。
「……いちまる…」