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博士とロボット−6

 日番谷が怒りの形相で阿近のところに乗り込んでいくと、阿近は全く悪びれた様子も見せず、「俺の自信作、具合はどうでしたかね?」と聞いてきた。
「テメエ、金積まれたからって、人のロボットに勝手に手ェ加えてんじゃねえよ!いくらなんでもルール違反だろう、それは!」
「ああ、そうなんスか〜?俺はてっきり、博士のお望みなんだとばかり」
 しれっとした顔で答えて、阿近はニヤッと笑うと、
「どうやら、ギンのやつ、首尾よく思いを遂げたみたいスね?いやあ、博士を落とすとは、あいつもなかなか」
「何考えてんだ、テメエのせいだろ、レイプだぞ、あれは!」
「はあ、そうなんスか。でもまああいつも、これで思い残すことないんじゃねえスか?」
 表情も変えずに言う阿近に、日番谷の方が、一瞬答えに詰まった。
「…どういう意味だ?」
「博士にとっちゃ、あいつはしょせんロボットってことなんでしょう?俺もこんな仕事長くやってますからね、色んな奴の色んな末路を見てきましたからね」
「……」
 ごく平然と阿近が言うのを聞いて、日番谷は少し眉を寄せてから、
「…どうやってやった?」
「はあ?」
「メカにあんな、生命そのものの機能をつけるなんて。あれは、ちゃんと、あいつの感情と同調していたぞ」
「まさか、貴方のプログラムに侵入なんてできませんでしたよ?」
「なら、どうやってやった」
 本来、研究者同士の間で、そういう秘密を明かすことはしないだろう。
 だが日番谷の真剣な顔を見て、阿近はしばらく黙ってから、
「…もちろん外付けでね。簡単ですよ。あいつの魂に反応するようにしただけですから」
「魂だと?!ウソをつけ、あいつに魂なんか…」
「魂、入ってましたよ?なんだ、博士が入れたんじゃなかったんですか?」
 やはり平然と言った阿近に、またも日番谷は言葉を失った。





 技術開発局長の部屋で、日番谷は深く頭を下げて、長い間お世話になりました、と言った。
「何から何まで、本当に、局長にはお世話になりました」
「アナタの決めた道ですから。それがどの道であれ、あたしは全力で応援させてもらうって、言ったでしょ?それに、あたしの力は、ほんのちょっぴり。ほとんどは、日番谷博士、アナタの力ですからね。護廷隊でも、きっとすぐに隊長になると思いますよ?…ギンくんもね、立派な副官になれますよ。アナタと離れることは望まないでしょうから、隊長までなるかはわかりませんけどね」
「ギンのやつの正式な死神の登録まで、本当に、ありがとうございました」
「なあに、似たような前例がありますから、造作もないことッスよ」
 その言葉に、日番谷は少し表情を曇らせた。
「前例って、涅のことですか…?」
「え?ああ、聞いてらっしゃいましたか。向こうははじめから、そのつもりで作ったみたいスけどね」
 浦原はさらりと流してくれようとしたようだったが、日番谷はきゅっと唇を噛んでから、
「…俺、涅が女の完璧な疑似魂魄を作ったって聞いた時から、もうあいつには敵わないって、いつかこの道で限界を知る日が来るんじゃないかって、本当は思ってたんです」
「え、何の話スか?」
「だって、俺に女性は作れない。女性は、生命そのものだから」
「男だって、生命スよ?それに、メカ部が目指すものは生命じゃないでしょう?」
 慰めるように優しい浦原の言葉に声もなく微笑んで答えて、日番谷はもう一度浦原に礼を言うと、退室した。
 扉のすぐ向こうで、ギンとリンが待っていた。
「博士!」
 日番谷を見ると、ふたりは嬉しそうに笑って駆け寄ってくる。
「ゴメンな、リン。俺のせいで、お前まで職場変わらないといけなくなっちまって」
「いえ、俺の方こそ、ギンみたいに博士についていけないのが、残念です。俺、戦闘能力は、全然ないので」
「通信技術研究科の方に行くんだってな。…俺は、てっきりバイオの方に行くんだと思ってたけど。…声かけられてたんだろ?俺に気を使ったんだったら、」
「いえ、俺、もともとそっちの才能ないんですよ。俺、博士にも足手まといだったし…」
「そんなことはない。本当に、よくやってくれていた」
「ほんとですか?…へへへ」
 いつものひとなつこい笑みを浮かべるリンに、日番谷は「ギンに魂を入れたのは、お前なのか?」と聞こうと思っていたが、やめた。
 阿近の恋人なのだったら、本当はリンにもそれくらいはできるのではないかと思っていたが、リンのいつもの無邪気な笑顔を見ていたら、そんなことはどうでもいいような気持ちになっていた。
 門まで見送ってくれたリンに手を振って別れると、ギンが待ってましたとばかりに、日番谷の手を握ってきた。
「これで、博士はボクひとりのものになったんやね?嬉しい。あいつ、邪魔やったんや〜。いつでも博士の一番みたいな顔しよって」
「誰がてめえのものだ。調子に乗るな。それにリンのことも、そんなふうに言うな」
「うん、うん。今思うと、ええ子やった。これからも阿近に可愛がられるとええな」
「そこにポイントを置くな」
 結局日番谷は、技術開発局を出て、護廷隊に入ることになった。
 もともとその能力は買われていたため、数日の休日が明けたら即、席官として迎えられることになっている。
 ギンも正式に死神として認められ、日番谷とともに護廷隊に移ることになった。
 日番谷と同じ隊の、日番谷のすぐ下で、本人は至ってご満悦の様子だ。
 第二の尖兵計画も、魂のあるギンの制御は難しく、ロボットひとりに博士がひとり付いていないとあの戦闘能力は発揮できない、大量生産するには非効率的だということになって、表立って浮かぶ前に、消えたようだった。
 つくづく生命の力には敵わないと、日番谷は嬉しい半面、少し切ない気持にもなった。
 浦原の言うとおり、メカはメカで生命と違う方向で目指すものはあるのだが、どちらにしろ自分は研究者には向いていないような気がしたし、もともと博士になったのも、小さい頃、浦原に拾ってもらった恩を感じていたからだった。
 自分の居場所は浦原の元にしかないと思っていたから、彼の役に立ちたくて、博士になったのだ。
 だが今は、不思議なことに、浦原よりもギンのそばに、居場所を感じている。
 ギンを死神にするには、技術開発局から出して、護廷隊に入れなくてはならなくなる。
 そのためには、日番谷もギンの保護者というか生みの親として、できるだけそばにいた方が望ましい。
 ならばいっそ自分もこの機会に、違う未来への可能性に挑戦してみてもいいかもしれないと思った。
「な、護廷隊ゆうところでは、同じお部屋になるんかな?」
「なるわけあるか、甘えてんな。お前はもう俺のロボットじゃなくて、ひとりの死神なんだからな」
「え〜、博士のロボットやゆうことは、一生変わらへんよ?博士も一生、ボクの博士やし?」
「てかもう俺、博士じゃねえ」
「白衣似合うとったのに、残念やな」
「そんな変態に育てた覚えはねえ」
「え、白衣プレイとか、言うてへんよ!」
「今言った」
 子供の死神と、機械の死神。
 まだまだ困難は続きそうだが、ゆく先に続く空がとても明るく美しく見えるのは、ギンの生命そのもののような温かく柔らかな身体が、魂が、すぐそこにあるからだろうかと日番谷は思った。


おしまい