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金魚−1

 十番隊の隊長に就任して初めて三番隊隊長を見た時、 こいつは要注意人物だと瞬時に思った。
 常に浮かべた貼り付けたような笑顔は却って胡散臭い 印象で、誰にでも愛想よく馴れ馴れしいほどに気さくな態 度をとる割に、どこか冷たく虚ろなものを感じさせずにはい ない。
 必要がなければできるだけ近付かない方が無難だろうと 思ったその男は、驚くべきことに自分の大事な部下である 松本と、幼馴染だった。


 チリン、という涼しげな音にハッと顔を上げると、小さく開 けた窓から、温い風が吹き込んできた。
 窓辺に吊るされた風鈴がもう一度軽やかに舞って、チリ ンと音を立てた。
 ずい分長いこと集中していたらしく、そうして一度フッと 気が抜けると、どっと疲れを感じた。
 軽く首を回し、伸びをしたところで、
「ハイ」
 それを見透かしたように、冷えたお茶とお菓子が出され た。
「あ、ありがとう」
 副官の松本がにっこりと微笑んで、隊長、そのお菓子、 市丸隊長の差し入れです、と言った。
「あいつ、また来たのか…」
「隊長がなかなか会ってあげないからですよ」
「別にオレに用なんか、ないだろう」
「何言ってんですか、隊長に会いに来てるんですよ?」
「バカ言え」
 もともとそんなに甘いものは好きではないし、お菓子の差 し入れをそれほど嬉しいとは思わなかった。
 くれた相手が市丸なら、尚更だ。
 どうしても、何か入っているのではないかと勘ぐらずには いられない。
「…なんだ、これ?冷たいぞ」
「知らないんですか?雪見大福」
 知らないんですかと言われたら、知らないというのも癪で、 日番谷は黙ったまま、その不思議な食べ物を口に運んで みた。
「おおっ、珍しく食べましたね、市丸隊長の差し入れ。や っぱり、冷たいものが好きなんですか?」
「いや、別に…」
「けっこうイケるでしょう?」
「…ああ、そうだな…」
 松本も食べてずっと平気なのだから、別に毒など入って はいないのだろう。当たり前だが。
 それでもあの三番隊長のくれたものを口に入れる日が 来ようとは、初めて彼を見た時は、思ってもみなかった。
(…甘い、な…)
 やわらかな餅の食感の中に、冷たいアイス。
 不思議なその菓子は、それでも疲れた身体を癒してく れる。
「隊長が雪見大福食べたって聞いたら、しばらく差し入れ はアイスになりそうですね」
「わざわざそんな報告してんじゃねえよ。甘いもんが、苦手 なだけなんだから」
 一応は隊長同士うまくやっていかなければいけないのに、 もらったものを食べないのは失礼だ。
 松本も気を悪くするといけないと思ってそういうことにして、 本人には言わなければわからないだろうと思っていたが、 まさか松本から漏れていたとは。
「だって、聞かれるんですもん、毎回。『十番隊長さん昨 日のボクの差し入れ食べてくれはった〜?』って」
 ちょっと市丸のモノマネを入れて、松本が笑って言っ た。
「そういう時は、食べたって言っとけばいいんだよ。少なくと もお前は食べてんだから、問題ないだろ」
「いいんです、気に入らないもの持ってくるあいつが悪い んですから。それにあんまり優しくすると、調子に乗りま す」
 仲が良い裏返しなのだろう。松本の市丸に対する態度 は、いつも手厳しい。
 だが、実際松本は喜んで食べているようだったので、そ れほど問題もないだろうとも思っていた。
(…いや…そうでもなかったか…?)
 チラリと窓の方を見上げて、日番谷はタメ息をついた。
「…そうか、だからか」
「だからって、何の話ですか?」
「…いや…」
 別に嫌いで避けていたわけではない。
 いや、嫌いじゃないとも、避けていなかったとも言えない のだが、市丸を避けていたのは彼を嫌いだからという理由 ではなくて、彼を嫌いだと思う気持ちも最近では少しずつ、 変わってきている…ような、気がする…。
 じっと見上げると、松本は大きな目を優しい光でいっぱ いにして、
「なんですか、隊長?おかわりが欲しいなら、持ってきます よ?」
「違う、バカ。もういい、十分だ」
 そういえば彼女のこんな軽口も、どこか市丸に似たもの がある。その裏に感じるのは、彼のように人を落ち着かなく させる毒ではなく、温かな思いやりであったけれども。
 日番谷はチッと舌打ちをして、
「バカ野郎松本、テメエのせいだからな?」
「えっ、何がですか?」
 今度は本当に意味がわからないように、松本は首を傾 げて見せた。