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百年目の恋人−TALK

お疲れ様でした。
ここまで読んで下さって、ありがとうございます!
離反後の話は一度は書いておかないといけないと思って、原作でまだそれほどの制約がないうちに、…2008年の10月くらいに慌てて書いた捏造ネタです。

でもこの話は、私のギンヒツ的原作の読み解き本ではありません。

ギンの離反について、触れないわけにいかないので触れましたが、これは私の中で、決してギンのイメージではありません。
むしろ原作のギンに対しては、違う形であって欲しいという別のイメージがあります。
でも、残念ながらそれはギンヒツには置き換わりません。
なんとも同人の(というよりギンヒツの)難しいところです。
とはいえギンヒツでは、ギンのイメージよりも、日番谷くんの幸せが最優先なので、色々なことを無理矢理まとめました。

ぼんやり覚えている、書いた時に書きたかったことのひとつは、「死はふたりを分かたない」ということだったように思います。

死んで、生まれ変わって、出会って、恋に落ちて…ということを、夜寝て朝起きて、おはようと挨拶をするくらい当たり前に何度も繰り返すくらい、強く結ばれた二人だったらいいなと。
現世と死後の世界(尸魂界)を行き来して人の魂を管理することを日常の業務として生きている彼らにとって、死というものはどういうものなのだろうと思います。
彼らにとって人の死は、現世から尸魂界に魂が移動する、というだけのことのような気がします。もちろんその過程には、愛する者との離別、これまでの人生の終焉というような、当人にとっては受け入れることが決して容易ではない重大な変化があります。でもそれは、死神の目線ではありません。死神は両方の世界を行き来していますから、死んだ人間の魂が行く先を知っています。離別ではあっても、魂の終焉ではないことを知っています。
そんな死神も、自分達の死に対しては、人間と同じような反応をしているように見えます。
自分が死んだら、その行く先を知らないように見えます。だから、自分や仲間の死に対しては、人間と同じような反応をしているように見えます。
でも、こうした死神の世界観ならば、生と死の違いは、魂の今いるステージの違いというだけとも思えます。学校で学年が上がったり、高校や大学に進学するみたいに。


日番谷くんの前世部分は、私はけっこうデンジャラスだと思ってドキドキしてたんですが、案外好意的に読んで下さる方が多くてホッとしました。
それどころかその後の話が読みたいとも何度か言っていただきました。
ありがとうございます!


この話は単独のひとつの話ですが、少しだけ、まだこのサイトにUPされていない、「開けたらあかん」という小説とつながっています。
ギンが離反する前の話です。
全く違う話として考えて書いていますが、その話では、書きたかった未来の心の世界を書くわけにいかなかったので、今回の、もう二度と書くとは思えない離反後の話に託しました。
思えば、ほんのりでも離別の匂いを漂わせていたのは、このあたりくらいまでだったかも…(^^;)