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百年目の恋人−11

 もう一度言うが、すっかり鼻の下を伸ばした市丸のバカ面を笑うように、日番谷はその大きな目を細めて笑っているだけで、いっこうに動こうとしない。
 痺れを切らして立ち上がり、大股で捕まえに行くと、日番谷はその勢いに押されるように後ろに下がり、壁に背中を付けて、ようやく止まった。
「ほら、もう後ないで」
 意地悪するように言って手を伸ばすと、日番谷は伸ばした市丸の両手首を、その小さな手で上からさっと捕まえて、潤んだ瞳を上げた。
 その小さな手に両手を掴ませたままで、市丸は吸い寄せられるように顔を下げてゆき、それを待っているみたいに愛らしく顎を上げ、うっすら開いた花のような唇に、そっと自分のそれを押し付けた。
 夢のように柔らかくて、夢のように甘い。
 自分の手を押さえている小さな手も可愛くて、市丸は強引にその手を外すと、指と指を交互に組むような形でしっかりと握り締めた。
 すぐに日番谷が、応えるように握り返してくる。
 その、小さな手で。
 それだけでもうすっかり興奮して、みるみる血液が下半身に集まってゆくのを感じた。
 それに気が付いたのか、日番谷の可愛らしい唇の端が、ふっと持ち上がったのがわかった。
「…なんや、今キミが考えとること、わかるような気ィする」
「…なんだよ」
「チョロイ思うとるやろ」
 市丸が言うと、日番谷はまた声を立て、おかしそうに笑った。
「…チョロイよ。お前をその気にさせることなんか。お前はいつも、ふたりになると、」
「あ、やめて。その先言わんといて。ボクがこの深い深い愛と情熱を心の全部と身体の全部でキミになんとか伝えようとする真剣で神聖で一途な気持ちゆえにしようとしてることをまるで逆に愛がないみたいに思わせてボクを傷付けて純情を貶めるような言葉言うつもりなんやったらやめといて」
 一気に言うと、日番谷はぽかんと口を開けてから、再び弾かれたように笑った。
 子供が楽しくて笑っているというよりも、大人が呆れて笑っているような笑い方ではあったが、この子が笑うと、自分の心まで舞い上がるように、幸せな気持ちになる、と市丸は思った。
「…俺には、お前の考えてることなんか、まるでわからねえけど」
 やがて日番谷は笑いを収めると、遠い、遠い昔を思い出すような目をして、
「…俺のことを、それなりに大事にしてくれているつもりなんだろうなとはなんとなく思ってた」
「それなりにとかつもりとかなんとなくとかゆう言葉はいらん」
「…そうかな」
 市丸がきっぱりと言うと、日番谷は珍しく素直にそう言って、少し嬉しそうにした。
「その可愛え可愛えお顔は、そろそろ続きしてもええゆう意味やろか…」
 あれだけ拒絶していた市丸に心を開こうとしている日番谷を急かすつもりはなかったが、こんなに可愛らしい様子を見せられてこれ以上我慢するのは、ちょっと辛い。
 市丸が、握った両手をそのまま壁に押し付けて、耳の付け根に唇を寄せて言うと、
「あっ…、俺、…、その、…」
「なに?まだ焦らすん?」
「………、ひさしぶりなんだ…」
 恥らうように言う日番谷に、市丸は胸の奥深くで、何かがドクンと大きく脈打つのを感じた。
「ボクに操立ててくれとったんやね?」
 知れば知るほど日番谷は、最初の頃の素っ気ない態度とは裏腹に、自分に深く深く帰属している…そんな気がして、市丸は震えるほどの歓びを感じた。
 だが日番谷は、市丸のそんな言葉に乾いた笑みをもらして、
「お前以外の誰かになんか、抱かれるもんか…」
 言葉はこの上ない愛の言葉なのに、呪うような響きがそこにあり、市丸はじっと日番谷を見た。
 日番谷はその視線に気が付いて、ふっと表情を和らげると、自ら市丸の胸に、甘えるように身を寄せてきた。
「…お前の匂い、変わらねえな…」
 くるくると猫の目のように変わる日番谷の態度や言葉に戸惑いながらも、相変らず圧倒的な彼の魅力は、市丸を捕らえて放さない。
(ボクの記憶が戻ったら、この子の謎は、みんな解けるんやろか…)
 今度こそぎゅっと抱き締めると、日番谷は震えるような吐息を漏らした。
 その唇に唇を合わせ、今度は深く味わうように口づける。
 そのあまりの甘さに酔って、手が勝手に彼の身体を探り始め、ゆっくりと膝を付き、横たえようとすると、
「…布団、敷けよ…」
 可愛らしい声が緊張するように言うのを聞いて、市丸は、ん、と顔を上げた。
「ああ、ゴメンな。キミを大切にしないつもりやないんやけども、途中でお布団敷いたりしとると、その間にキミが恥ずかしがってまうんやないかと思うて」
 笑って額に口付ると、市丸は立ち上がって隣の部屋の押入れを開け、布団の確認をして、部屋の真ん中に広げた。
「…ものは良さそうなんやけど、ずっと入れっぱなしやったみたいやから、」
「どうでもいいよ、そんなこと」
 本当はお姫様抱っこで布団まで運んでやりたかったのだが、日番谷は自ら歩いて来て、布団の脇に座った。
「そのままそこで、ちょう待っててな?」
 どうせだから、今のうちに何か潤滑油にでもなりそうなものを用意しておこう、と思って、市丸は隣の部屋に戻ると、何がどこにあるのか、思い出そうとした。
 先ほどこの家の場所が心に浮かんだように、薬箱があったはずだと思い出し、中を調べて適当なものをみつくろい、ついでに数枚の手拭を持って奥の部屋に戻ると、大きな掛け布団に、小さく山ができていた。
「………!」
 枕元には丁寧に畳んだ死覇装と羽織、その上に刀が置いてある。
 小さな可愛らしい山の下から、キラキラした綺麗な銀色の髪が覗いていると思ったら、市丸が戻ってきたことに気が付いたらしく、振り向いて、布団から出た半分だけの可愛らしい顔が、恥じらうように市丸を見上げてきた。
(こ…この中は、まさか裸ん坊の可愛らしい身体が……!)
 思いがけない展開に一気に興奮して、うっかりよろめきそうになって、市丸はなんとか踏んばった。
「十番隊長さん…、準備万端で待っててくれとるの?」
 にっこりと微笑んでゆったりと言うが、頭の中は、もうその布団の下にあるであろう日番谷の裸の身体のことで、いっぱいだった。
(うう〜、このお布団の中で、この子何にも着てへん、何にも着てへんねや!裸なんや…!)
 今すぐにでもその姿を見たくて、自分も裸になって布団の中に飛び込みたくて、たまらなくなる。
 いや、その前に、あまりにその小さな山が可愛らしくて、布団の上からのしかかり、抱きしめて、恥ずかしがる顔を無理やり覗き込んでやりたくなった。
「ボクが脱がせてあげたかったのに、ひとりで勝手に全部脱いでもうて…」
 言いながらも、勝手に顔がゆるんでどうしようもない。
「いいだろ、別に。早く来いよ、お前」
 照れて怒ったように言う日番谷に、また顔がゆるむ。
「この下、裸ん坊なん…?」
 布団の端に腰を下ろして、ゆっくりと顔を覗き込む。
「う〜ぅ、いちいちいやらしいな、お前」
「あんまり可愛えキミが悪いんよ…」
 言いながら、盛り上がった布団の上に覆いかぶさろうとして、ふと市丸は動きを止めた。
 頭の奥で、一瞬だけ、チカッと危険信号を感じたからだ。
 あまりにも可愛くて愛らしいこんな状態に、うっかり鼻の下を伸ばして油断してしまいそうだが、日番谷は可愛いだけの子供ではない。
 仮にも戦闘部隊を率いる隊長で、その霊力とやらだけでなく、頭脳も、剣術も、大人以上の能力を持っている少年だ。
 着ていた着物や刀が枕元に置いてあったら、布団の下は裸で何も持っていないと、流れからしても、普通思うだろう。
 だが、彼が所持していた武器があの斬魄刀一振りだと確認したわけでもなく、すっぽりかぶった布団の下がどうなっているのか、わかったものではない。
 市丸にしてみたら願ってもない嬉しい展開だが、彼のこれまでの態度や言動から考えると、いくら市丸が前世の話をしたからといって、突然恋人同士だったことを認めて、こんなところまでひとりでついてきて抱かれようなんて、話がうますぎないか。
 日番谷は何度も、自分を殺すと言っていた。
 燃えるような、本気の目だった。
 もしかしてこの布団の下で、日番谷が短刀を握って待っていたら。
 無防備に覆いかぶさったり、裸で布団の中に飛び込んだりしたら、一巻の終わりだ…。
「…そしたら可愛えキミの裸ん坊さん、見せてもらおうかな…?」
 笑みを崩さないまま、市丸はのしかかろうとしていた身体を起こして、布団の端に手をかけた。
「その言い方やめろよ、なんかバカにされてるみたいな上、変態くさい。てか、めくるな!」
「キミの可愛え身体、見たいんよ?…なんも着てへんよね?裸なんよね?」
「確認するな」
「見せて?」
「……変態エロ狐」
 真っ赤になって睨んでくる日番谷に、市丸は笑って、ゆるゆると布団を上からめくっていった。
「ちょ…マジで?」
 慌てたように、日番谷の可愛らしい手が一本出てきて、守るように布団の縁を掴んだ。
(…右手やな〜…せやったら、何も持ってへんかな?)
 冷静に観察しながらも、市丸はわざといやらしい声で、
「お手々離し?可愛えキミの生まれたままの姿、ボクによう見せて…?」
「ヤメロ、変態!」
「なんでダメなん。これからキミ、ボクに抱かれるんやろう?これくらいで恥ずかしがってたら、なんもできへんで」
「なんでお前、いつもいつも…人の身体、見たがるんだよ」
「男はみんな、見たがるんよ?」
 そろそろと布団をめくってゆくと、日番谷はしっかりと掴んではいたが、引き戻すことはせず、細い首が露わになり、華奢な裸の肩が現れた。
 ゾクッと本能的に興奮して集中力が乱されかけたが、笑みを深くしながら息を吐き、更に引き下ろしてゆく。
 思わず吸い付きたくなるような可愛らしい乳首が見え、ほっそりしたウエストの中央に、愛らしいへそが見えた。
 その下に陰毛はなく、まだ大人になっていない小さな性器は感動するほどきれいな色をしていて、まるで男を感じさせない。
 充実した太腿から幼い膝、華奢に伸びるふくらはぎ、きゅっと締まった足首までのラインは、子供とは思えないほど官能的だ。
 更に続く小さな足には小さな指が並んでいて、そこでまたハッと子供だと思い出す。
 日番谷は、何も持っていなかった。
 本当にただ、眩しいまでの幼く瑞々しい裸体が、そこにあった。
 市丸から軽く目を逸らし、恥じらうようにぴったりと膝を合わせてはいたが、小さな手はあえてどこを隠そうとすることもなく布団に投げ出され、可愛らしく震えていた。
 骨格は子供でもきれいに筋肉がついていて、引き締まっていながらも肌は滑らかで、日番谷の身体からは、若くて甘い匂いがした。
 まるきり子供の身体では決してないが、日番谷が全身で出している大人びた雰囲気からはギャップのありすぎる幼い身体は、やたらと艶めかしく中性的で、目を奪われずにはいられない。
 しかも、市丸の視線を敏感に感じて、恥じらうように小さく揺れる身体は、すでに肌全体が上気してきている。
(…やらしい身体やなあ…)
 成熟した女性の身体とは明らかに違うが、雄の本能を煽らずにはいないその魅惑的な肢体に、見ているだけでどんどん身体が熱くなってくるのがわかる。
「…も、いいだろ。テメエも脱げよ!」
 とうとう堪えられなくなったように、日番谷が真っ赤になって怒ったように言った。