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ハレルヤ−9

 いや、あまりに突然で、抱き締められたのだと気付いたのも、数秒経ってからだった。
 そしてあまりに力が強くて、抱き締められたというよりは、抱き竦められたといった方が、近いくらいだった。
 びっくりし過ぎて声も出ない日番谷の手を取って、市丸の大きな手が、強引に、そこに何かをはめてきた。
 暗くて速くてよく見えなかったが、それは左手の、薬指だ。
 指にはめるのだから、恐らくそれは、指輪なのだろう。
 現世のモールに買い物に行ったあの日、市丸が日番谷の指のサイズを測っていたことを、突然思い出した。
 そういえばあの後松本と檜佐木が来てうやむやになって、市丸が指輪を買うとか言っていたことも、すっかり忘れていた。
 冗談みたいに軽いノリだったから、まさかこんな、食われるような情熱を持って、本当に市丸が指輪を買って、こんな渡し方をしてくるなんて、思ってもみなかった。
 冷たい感触の後、大きな手が、外すことを許さないと言うように、ぎゅっと握らせたその手を包み込んで胸に押し当ててきた。
「好きや」
 掠れた真剣な声が、耳に吹き込まれてゾクッとした。
「本気や」
 左手を掴む手に、いっそう力が込められた。
「ボクのもんになって?」
 しっかり抱き締められたまま、市丸が少し腰を伸ばしただけで、日番谷の身体は簡単に持ち上がって、足が宙に浮いてしまった。
「…い、ちまる…」
 バクバクと心臓が踊り狂って、頭が冷静に働かない。
 空気が足りなくて、乾いた喉から、掠れた声が漏れた。
「…や、はな、…」
「ボクの気持ちは、知っとったよね?知っててここまで、来たんよね?」
 真摯な告白の割には、答えを聞く前に、市丸は日番谷を抱き上げて、布団に運んだ。
(…布団?!)
 いつの間にかそこにはすでに、布団が用意されていた。
 真っ暗な部屋でツリーにばかり目を奪われていたし、布団は隅に寄せられていたから、気が付かなかったのだ。
 あの流れからここまで来た段階で、確かにヤバいかもとは、思っていた。
 だが、自分を誘い込むために、あらかじめここまで全て用意されていたかと思うと、市丸が十番隊の執務室に日番谷を迎えに来た時すでにここまでの情熱を秘めていたかと思うと、…ゾッとすると同時に、何故かカッと頬が熱くなった。
 まるで蜘蛛の網のような、こんなところに自らの足で踏みこんでしまった自分の迂闊さに舌打ちしたくなるが、ここまできてこうされながら、市丸のあまりの豹変ぶりに、普段からは想像もできないその燃えるような情熱に、闘ってでも逃げるべきだと思うのに、身体が竦んで動かなかった。
 恐怖からではない。驚きと、…その嵐のような勢いと熱に飲まれて。
 楽々とそこに下ろされると、その感触は柔らかでも冷たくて、ブルッと身体が震えた。
「なんでそないに可愛えんや。なんでなん?どうしたいん?どうして欲しくて、そない可愛えの?」
 わけのわからないことを言いながらかぶさってきた身体を反射的に押し返そうとしたが、力で押し切られ、唇が重なった。
「…んっ、んーっ!」
 今度はふわりと重なるだけの、優しい口づけではなかった。
 食らいつくように合わせられ、荒々しく吸い上げられ、大量の唾液とともに熱い舌が潜り込んできて、どうしていいのかわからずに、身体は硬直したままで、ピクリとも動けない。
 舌を吸い上げられると涙が出てきて、流し込まれた唾液をなんとか飲み込もうとしたが、溢れて唇の端から顎へ伝い落ちてゆく感触が、生々しかった。
 酸欠のためか熱に当てられたのか、そのうちクラクラしてきて、もうやめて、と懇願してしまいそうになって、ハッと我に返る。
 気が付いたら市丸の着物を、すがるように必死で掴んでいた。
「…っん、んう、う、…はっ、」
 なんとか市丸を押しのけて、顔をそむけて、ようやく口づけから解放されると、夢中で空気を吸った。
 顎に伝った唾液を手で拭こうとすると、すごい力でその手首を掴まれた。
「拭いたら、あかん。そのままにしとくんよ?」
 ハッと見上げると、市丸は肉食獣のような、恐ろしい目で見ていた。
「可愛え唇。食べてしまいたい」
 言ってもう一度かぶさってきて、唇の全部を口に含まれ、吸い上げながら舐めてくる。
 本当に食べられているみたいで怖いのに、ドキドキして身体が震え、やがて再び舌が潜り込んでくると、じんと下腹部に熱が集まった。
(…あっ…)
 ぴったり密着はしていないので気付かれてはいないと思うが、じっとしていられずにもじもじと膝をこすり合わせてしまうと、膝を立てているために開いた布団と袴の間の空間に、すうっと大きな手が入ってきた。
 そのまま脚から尻への柔らかな曲線を、ゆっくりと味わうように揉んでくる。
(……な、なに、お、お尻撫でられてる…??!)
 なんだかよくわからないが、そうとしか思えない。
 だが、膝を下ろしてしまうと、その手を尻の下に敷いてしまい、もっと怪しいことになるし、上に上げて逃げたら、もっと上まで触られてしまう。
 手を伸ばしてやめさせようとしても、軽く払われただけだった。
(な、なんでこいつ、尻触ってンの?!えっ、どうやってやめさせたらいいんだ?!)
 死ぬほど恥ずかしいのに、クラクラするほどの口づけを受けながらそうされていると、何だかおかしな気分になってくる。
「…ん、ぅ、ふぅっ…」
 なんとか逃れようとモゾモゾしながらも無意識にこぼれた甘い声を聞いたとたん、市丸の息が荒くなったような気がした。
 市丸は口づけを続けたまま、袴の横の開いたところから手を差し入れて、今度は直接触ってきた。
「んっ…!」
 ぎゅっと握られるとドキッとして力が入ったが、優しく撫でられているうちに力が抜けてきて、そのうちいやらしい手つきで揉み込まれ始めると、どんどん前が熱くなってきた。
(な…なんか、ヤバいことになってきてる…)
 こういう行為の手順など知らないが、キスされながら袴の横から手を入れられてお尻を触られているなんて、なんだか痴漢か、いたずらでもされているような気分だ。
 そんなことをされているのに、嫌がるどころか熱くなってきているなんて、なんだか自分も、変態みたいだ。
「可愛えお尻やなあ。ボクの手の中に、すっぽり入ってしまいそうや。なんやもう、柔らかくてすべすべで、マシュマロみたいやね〜」
 高ぶったような掠れた声で、市丸が感動したみたいに言ってくる。
「…や、…へんた、…」
「舌べろもピンクで可愛え」
 日番谷が悪口を言えないようにするためか、市丸はかぶせるようにそう言うと、日番谷の舌にちゅっと吸い付き、軽く歯を立てて、そのまま唇から引き出してしまう。
「ん、ん、ん、」
 意地悪をするようにそのまま吸い上げてくるので、日番谷の唇の端から、また新しい唾液がこぼれ落ちていった。
 その間もずっとお尻を撫でてくるので、またどんどん変な気分になって、日番谷はむずがるように腰を捻った。
「お尻触られるの、好きなん?」
 ようやく舌が解放されると同時に、やけに真剣な声で市丸が聞いてきた。
「す、好きなわけねーだろーッ!」
 全力で思うのに、身体は裏切っている。
 羞恥に顔が赤くなるのがわかったし、すでに涙目だ。
 尻を触られることそのものが好きなわけでは、決してない。
 だが、市丸が情熱をもって身体に触れてくることには、その肌が焼けてしまいそうなほどの、胸の高鳴る何かを感じた。
「…好きなんやね?」
 好きではないと言っているのに、市丸は何故か自信たっぷりに、嬉しそうに言った。
「ボクがキミにしたいことと、キミがされて嬉しいことと、同じやったらこない嬉しいことはないね?」
 無茶を言うな。
 そう思ったのに、そんなふうに嬉しそうに言われると、本当にそうなりそうで、ゾクッとした。
 行為そのものは好きでなくても、市丸の興奮に、引きずられてしまうのだ。
「…袴。そろそろ脱がさせてもろても、ええやろか?」
 ようやく手が抜かれ、紐に手がかけられて、日番谷はハッとした。
「ダメだ。ヤメロ!」
 慌てて結び目を両手で押さえて、ブロックする。
「なんでダメなん?」
 その手を無理やりはずそうとするわけでもなく、市丸の大きな手が、日番谷の小さな手の上に、そっと重ねられた。
 なんでもクソもあるか。
 袴を脱いだら、見られてしまうじゃないか。
 それが何より恥ずかしくて、日番谷は必死だった。
 自分の大人になりきれていないそこを市丸に見られるなんて屈辱的だったし、未成熟なくせに今、市丸の悪戯で熱が集まってしまっているのを見られることも、耐えられなかった。
「ええやん、邪魔やん、袴なん。キミの可愛え身体が、見られへん。脱いでまおう?」
 それなのに市丸は、それこそが見たいとでも言うように、ぎゅっと力の入った日番谷の手を、優しく優しく撫でながら、
「お手々離して?こない暗いんやもん、平気や。ツリーの灯りがピカピカしとるだけやで。恥ずかしいことなん、なんもあれへん」
 いやあの灯りだけで十分だろうと、日番谷は思った。
 …まだ生えていないとか、サイズが子供だとか、固くなってしまっているとか。
 少なくともそれくらいは、この灯りでもわかる。
「日番谷はんの身体が隅々まで可愛えことは、ようわかっとるよ?その可愛え身体に、ええことしてあげたいんよ?」