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紅蓮−20
「ああ、可愛えお顔や」
覗きこむように日番谷の顔を見て市丸が浮かべた笑顔にも、明らかな高揚感が見て取れた。
「日番谷はんのお顔はいつもとっても可愛えけども、今日はもっともっと可愛えお顔になりそうや」
「可愛くなる必要なんて、ないだろう」
動揺を隠そうと、日番谷は精一杯乱暴な言い方をしてやるが、市丸は全て見透かしたように、
「そないなこと言うても、キミの霊圧は正直やで?」
市丸の霊圧が、追い詰めるように、じわじわと上がってゆくのを感じる。
今呼吸が苦しいのは、先ほどと同じ理由ではなかった。
外から圧力をかけられて苦しいのではなく、内から何かが膨れ上がってきて、苦しい。
それでも飲み込まれそうに迫ってくる霊圧に負けないよう、自分も霊圧を高めて放出し、ぐっと踏ん張った。
だが日番谷の霊圧は、…市丸の霊圧とぶつかることなく溶け合ってしまい、押し返すこともできなかった。
それどころか霊圧が融合する感触が、息もできないほど強く市丸に抱き締められ、二人の身体が溶け合ってひとつになってしまうようなイメージに感じられ、そのあまりの甘美さに、クラリとしそうになった。
「素直になり?冬獅郎」
市丸の口角が、狂喜するようにいっそう切れ上がる。
笑顔はいつもと同じようなのに、そこには紛れもなく、本物の甘さがあった。
その顔をみつめていると、まるで呪縛でもかけられたように、ピクリとも動けない。
「…冬獅郎て、呼ぶな…」
カラカラの喉から、カラカラの声を絞り出す。
「なんであかんの?」
市丸は氷輪丸の刃が胸に当たるのも構わずに、ぐっと身を寄せてきた。
「…市丸…っ!」
背の高い市丸が日番谷に合わせてかがんでくるので、着物に赤い線が走った。
その侵入こそをさせないために氷輪丸を向けているのであり、このまま引いたら市丸を安全な距離より中に受け入れてしまうとわかっていたのに、日番谷は刀を握る手に力を入れ続けることができなかった。
まばたきもせず、息を飲むようにその動きをみつめたまま、氷輪丸の刃の背が自分の胸に当たり、やがてそれも横に向きを変えた。
「…やっぱり、可愛え…」
とろりとした声が降ってきて、大きな身体が被さってくる。
(あ、あ、あ、それ以上来たら…)
ダメだ、と思った時には、視界は市丸で埋め尽くされていた。
市丸がとうとう目に見えない境界線を踏み越えて、突き抜けて、なかに入ってきた。
その瞬間、心臓が爆発してしまったように感じた。
顎を取られ、相手に刃を向けてない氷輪丸を握り締めたまま、日番谷は身じろぐこともできずに、為すすべもなく、重なってきた唇を受け止めた。
(あっ…)
触れ合った瞬間、電流のような痺れが背筋を駆け抜けた。
今度のキスは触れ合うだけの軽いものではなく、ハッとした時には貪り食われるように深く侵入されていた。
「んんんんん…っ」
びっくりして、氷輪丸を握ったまま押し返そうとすると、氷輪丸ごと、抱き締められた。
かがんでいるのがもどかしいと言うようにそのまま抱え上げられ、いっそう強く抱き竦められる。
「…はっ、いち、っ、んんっ…」
何もかもが吹き飛ぶくらい、激しいキスだった。
息する暇もなく、なんとか顔を背けて唇を外しては追いかけられて塞がれて、反対方向に逃げてはまた追ってこられて捕まえられる。
唾液が溢れても拭くこともできず、吐息までもが吸い取られた。
あれほど取り乱してしまったファーストキスも、こうなると子供の遊びみたいなものだった。
全ての抵抗も、確執も、頑なに守ってきたものさえも、粉々に消し飛んで、どこにいったのかもわからない。
代わりに灼熱の玉が腹の奥に生まれ、ぐるぐると渦を巻きながら大きくなり、身体全体にその熱を送り込んでゆく。
脳さえも灼かれて、思考が熱に飲み込まれてゆくようだった。
「はぁッ、いち、…も、…」
なんとかその唇から逃れると、自分の乱れた息がやたらと大きく響いて聞こえた。
「逃げたらあかんで」
市丸の声も耳の奥にねっとりと響いて、すぐに唇が追いかけてきて、被さった。
抱き上げられているので、日番谷の身体は完全に、市丸の腕の中だった。
唯一自由になる足を動かしてみても、それは空を切るばかりで、頼るものは皮肉にも、市丸の身体だけだ。
市丸に対する時にあんなに感じていた嫌悪や危機感が、そのまま不思議な陶酔にすり替わっていた。
このままでは、そのうち全てを市丸に吸い取られて、飲みこまれてしまいそうだ。
市丸はキスをしながら布団の上に移動して、日番谷の唇に吸いついたまま、その身をそこに横たえた。
布団と市丸に挟まれると逃げ場がなくなったような圧迫感を感じて、ひくっと喉が鳴った。
伸し掛かってきた市丸から、高まった欲望を秘めた、重い霊圧がぐぐっとかかってくる。
思わず喘いで押し返そうとすると、じっとみつめてくる市丸の灼けるようなまなざしに捕らえられた。
その唇がニッと割れ、そこから出てくるのが不思議なくらい甘い声が、ええ子にしとき?と言った。
縋るように氷輪丸を握り締める日番谷の指を、市丸の手が一本一本丁寧に外してゆく。
市丸に向けていた刃を外していかれることで、閉じ切っていた心を開かれているみたいだった。
とうとう氷輪丸を奪われ、枕元に置かれてしまうと、その心もとなさに、逃げ出したいほど緊張してしまう。
弱いところを見せたくないのに、平気な顔をしていたいのに、どうしようもない不安に、叫び出したくなった。
「…大丈夫、怖ないよ?」
突然市丸が、日番谷の心を読み取ったように優しく言った。
「とっても気持ちええことやから、キミもすぐに好きになるよ?」
言いながら、市丸の手がするりと裾を割り、腿を撫でた。
「あっ、」
「すべすべのあんよやね」
袴をはいていないから、いとも簡単に素肌に触れてくる。
その動きを阻止したくてぎゅっと脚を閉じると、市丸の手をはさみ込んだみたいな、却って卑猥な形になってしまった。
「ええ感触や〜。おおきに」
「バ、バカ、」