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宴〜EN〜−16
「…う、んん?」
気怠い指先がピクッと震えて、日番谷の身体が無重力の夢の中から現実の重みへと戻ってきた。
ハッと目を上げると、大きな身体が自分の上に覆いかぶさるようにして、覗き込んでいた。
「あ、気ィついた?よかった〜」
市丸だ。
日番谷の頭の左右に手を置いて上から見下ろしている市丸は、着物は着ていたが前は合わせられておらず、日番谷の身体もその垂れた着物の内側にすっぽりと入ってしまっていたため、襲われているみたいでギクッとした。
「気ィ失ってまうから、どないしよかと思いましたわ」
「気ィ…?」
「ああ、ほんのちょっとやけどね」
市丸はそう言うと、少し困ったような、心配したような、それでいて優しい微妙な表情で笑って、日番谷の目の下あたりに手を伸ばしてきた。
ほっそりとした指先が目頭の方から目尻へと、そっと触れてゆく。
「…お目々が真っ赤になっとるね?」
「…っ!」
カッとして日番谷がその指を払うと、
「またいっぱい泣かせてもうたね」
そっと首を傾けて、市丸がいたわるような優しい声で言ってくる。
「泣いてねえよ!」
怒ったように言って、日番谷が市丸の片手をドンドン叩き、どけ、と促すと、市丸はようやく身体を起こし、日番谷の上からどいてくれた。
大きな身体が上から去ると、日番谷はホッとして、ゆるゆると腕を上げ、目の上に当てた。
(…最悪…)
徐々に色々と思い出してくると、ただでさえ熱い頬に更に熱が上ってくる。これから襲われるのではなく、すでに襲われたのだった。雰囲気からして、それほど時間は経っていなさそうだ。
「日番谷はん、お水、飲みます?」
「ああ…ありがとう」
渡された水を飲んでから、日番谷は足元にあった布団を引き上げ、自分の着物を探した。
(ああ〜、まぁたやっちまった。もう絶対、金輪際二度とするもんかと思ったのに、何やってんだろ、俺…)
また明日も腰が痛むんだろうな、微熱が出るのかな、と思うと、憂鬱な気分になる。
隣の市丸は、にこにこと嬉しそうだ。デレデレと言ってもいいくらい緩んだ顔をして日番谷を見ている。
その顔にイラッときて、日番谷は思わずその膝を蹴った。
「痛っ、な、なんで蹴るの?何怒ってはるの?」
市丸がびっくりしたように、慌てて言った。
「しまりのねえ顔してんじゃねえよ!ムカつく!」
「日番谷はんは、なんでそない怖い顔してはるの?」
「テメエの顔見ると、ムカつくんだよ!」
「照れてはるの?」
「ダ・レ・が・だ!」
「ひゃあ、暴力反対や〜」
言葉に合わせてガンガン蹴りつけると、さすがに市丸はその攻撃から逃げるように引くが、逃げた先は日番谷の遠くではなく、頭の方向だった。
どうやら日番谷のそばから離れる気はないらしく、「無理させてもうたんやったらゴメンな?」と更に怒りを煽るようなことを悪気なく言ってくれた。
「無理させてる自覚あんなら、すんなよ!テメエの性格の悪さ丸出しみたいなやり方しやがって!」
「やって日番谷はん可愛えもん、愛情表現や」
「すげー迷惑だ!!」
「そないなこと言ってええの?」
「お前こそ、何か言ったら殺す!」
今にも市丸が最中の日番谷の描写を始めようとする気配を敏感に感じ取って、日番谷はすかさず鋭く言って睨みつけ、牽制した。
市丸は「おお、怖」と言って袖を口元に当て、身を縮める真似をする。
とりあえず市丸が黙ったので、日番谷はホッと息を吐いた。
無理をされたのも本当だが、途中から何が何だかわからなくなるほど翻弄されたのも本当で、身体の芯に、まだ痺れるような快感の余韻が残っている。
チェ、と思いながらも、その余韻にぼうっとしていると、市丸の顔が近付いてきて、軽く唇を合わせられた。
「うあっ、勝手に何しやがってんだ、テメエ!触ンな!」
反射的に思い切り平手を入れると、市丸はわざとらしいほどよろけて、
「ほ、ほんまに痛いですよ、日番谷はん!さっきまであない可愛かったんに、なんでそないに冷たいん?!終わったとたんに冷たなるなん、ひどいですやん!ボクの身体が目当てやったん?!」
「気色悪いセリフやめろ!妙なシナ作るな!」
心底ゾッとして言うが、市丸が気にした様子は全くなかった。
「満足させてあげられんかったゆうこと?そうなんやったら、もう一回お付き合いさせてもらいますけども」
「しなくていい!」
むしろ自分がやりたい気満々の様子でにじり寄って来られて、日番谷は慌てて怒鳴るが、
「せやったら、キスだけで我慢しますわ」
なんだかいいようにもっていかれたような感じで、結局唇を合わせられてしまった。
(ああクソ、さぞかしテメエはご満悦だろうな、欲しい艶が叶ってよ!)
諦めて大人しく口付けられながらヤケクソで思うと、ついでに思い出した。
市丸と再びこんなことになってしまった、大元の理由を。
日番谷はぱっちりと目を開けると、しつこく唇に吸い付いている市丸の身体を押し返した。