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Don't Speak−1

 天気もよく、体調も良かったので、浮竹はその日、フラリと散歩に出た。
 こういう時は、無性に十番隊の隊長に会いたくなる。
 まだほんの子供なのだが、キリリとした顔をして、どんな大きな大人にも負けないくらい堂々とした彼が、若々しいエネルギーをバンバン発散させながら、元気に動き回っている様子を見るのが大好きだった。
 いつの間にか勝手に足が、十番隊の方へ向かった。
 本当にいい陽気だった。
 ポカポカと暖かく、楽しい気分になってくる。
 十番隊の敷地の中へ入ると、前方に真っ赤な髪をした大男の後ろ姿が見えた。
(あ、あれは、六番隊の阿散井くん)
 若々しくがむしゃらで、元気の良い阿散井も、浮竹は大好きだった。
「やあ、阿散井くん!こんなところで会うなんて、奇遇だね。元気かい?」
「あれ、浮竹隊長」
 阿散井は驚いたように振り返り、
「なんスか、また日番谷隊長のところに遊びにいらしたんスか?ホント好きスね、浮竹隊長」
「えっ、いや〜、困ったな、その通りなんだけど、そんな風に言われると、なんか立つ瀬がないなあ」
 阿散井は悪気なく遠慮なくものを言うので、ズバッとはくるが、他意がないことはわかっている。
 浮竹が少々照れて答えると、
「日番谷隊長、お部屋にいらっしゃいませんでしたよ。俺達、出遅れたようっス。最近よく…」
 阿散井が言いかけた時、遠くで、キン、と刀同士が打ち合わされる音が聞こえたような気がして、二人はそちらの方を振り向いた。
 キンキンキン、と数回連続した音が続き、それを追うように大きな霊圧がふたつ、風のように近付いてきた。
「ホラ、…やっぱり」
 阿散井が指差した向こうから、会いたかった可愛い姿がバッと飛んできて、二人の前に着地すると、お、というような顔をした。
 続いて現れた大きな影も、二人を見ると、構えていた刀をすっと下ろして、
「こんにちは、十三番隊長さん、六番副隊長さん。今日はおかげんよろしいんですか?」
「あ、ああ…」
「市丸、今日はもうこれくらいにしとけよ。こいつら来てくれてるんだし、そうそうテメエの相手ばっかしてらんねえからな!」
 日番谷が刀を市丸に向けて言ってから、ゆるりとそれを鞘に収める。
「せっかく二人で仲良うしとったのに、邪魔されてもうたねぇ、残念やねえ、ひーくん」
「誰がひーくんだ!」
 馴れ馴れしく言って日番谷に身を寄せてきた市丸を、日番谷が目を吊り上げて突き放すが、
「ボクらの仲妬まれてもあかんから、今日はこのへんで退散しとくけど、堪忍な?また明日、今度はゆっくり二人の時間作れる時に会いにゆくよって、許してな?」
 そっと身をかがめ、内緒話でもするように袖口を口に当てて言う市丸に、日番谷は容赦なく裏拳を顔面に叩き付けた。
「あうっ」
「アホか、汚ェ顔近づけンじゃねえ」
「おお、痛。ひどいでひーくん、顔面はやめといてや。可愛えお顔で、キツいお人や」
「殴られるようなこと言うからだろ」
「ボクが何言うた?次の約束しただけやん」
「勝手に決めるな。次も何も、二度と来なくていいぞ」
「そんな、みんなの前やからって、照れんでもええやん。ボクらの仲で」
「テメエとそんな仲になった覚えはねえ」
 日番谷がどんなに素っ気なく言っても全く意に介さない様子の市丸は、日番谷達の方を向いたまま、後ろ向きに塀の上に飛び上がると、
「まあ、ええわ。続きは二人になった時な〜?ほな、またな、ひーくん。皆さんも、ごきげんよう」
「ひーくんじゃねえっ!!」
 言うだけ言って逃げてゆく市丸に怒鳴ってから、日番谷は、浮竹と阿散井を振り返り、
「…恥ずかしいところ見せちまったけど、あいつのことは、気にしないでくれ。たぶん、頭おかしいんだと思う」
 全く迷惑だという顔をして言う日番谷に、阿散井は少し赤くなって、
「あ…、う〜ん、大丈夫です、日番谷隊長。お二人の関係は、秘密にしておきますから」
「ちょっと待て!どこらへんが大丈夫なんだ!思い切り誤解してんじゃねえか!」
 市丸には平然としていたのに、阿散井にそれくらい言われただけで、日番谷はムキになって怒鳴った。
「え、違うんですか?良かった〜。あ、別に日番谷隊長の好みに文句言うつもりはないですけど、市丸に食われちまうってのは、ちょっと悔しいような…」
「誰が食わせるか、あんな奴に」
 ケッ、と吐き捨てて言う日番谷に、浮竹はふうとタメ息をついた。
 このところ瀞霊廷内でも密かに噂になっている、夫婦漫才のような二人のやりとりを、初めて目の当たりにした。
 あけっぴろげにアプローチをする市丸と、冷たく袖にする日番谷。
 実際に二人がどれほどの関係なのかということは、皆も色々と憶測しているようだったが、今のやりとりを見る限り、おそらく遊びの域を超えてはいない。
 少なくとも、日番谷の方は。
 日番谷は余裕であしらっているようだが、それは市丸が深く追いかけることをしていないからだ。
 いくら市丸が破天荒な男として知られているといっても隊長なのだから、皆の前で冗談でごまかせないことをするわけがない。
 だが、浮竹は確かに感じ取った。
 遊びの域を超えている、市丸の日番谷に対する執着を。
 無防備に浮竹に近寄った日番谷を見て、刺すような敵意を一瞬こちらに投げてきたことを。
 言葉の言い回しも、日番谷に対するアプローチというよりも、二人の仲をアピールするために発された、自分達に対する牽制のように聞こえた。
 自分達…というよりも、自分に対してかもしれない。
「ひ…日番谷隊長、市丸隊長と…剣の稽古をしていたのかい?」
 コホンと咳払いをし、遠慮がちに言ってみると、日番谷はさも不愉快そうに、
「仕方ねえだろ、しつこくベタベタまとわりつかれるよりは、ちょっと打ち合ってやれば気が済んで帰るんだから」
 言ってすぐ、日番谷は『しまった』という顔をした。
「しつこくベタベタまとわりつく?最近よく市丸隊長と一緒にいるところをみかけると思っていたが…」
 浮竹が言うと、日番谷は案の定、キッとした顔をして、
「世の中にゃ、色んな奴がいるもんだ。ああいう奴も、いるってことだ。どうってことねえ」
 市丸に迷惑をかけられてそれを対処しきれないとか、彼を持て余しているとか、市丸にいいようにされていると思われることが、嫌なのだろう。
 毅然と言い放って、挑むように見上げてくる。
(…俺にまでそんなふうにしなくても、いいのに)
 日番谷をバカになんてしていないし、ことさら強調して見せなくても、彼が強いのはわかっている。
 できることなら、彼が疲れた時に息を抜ける場所になりたいとすら思っているのに、なかなか心を開いてくれないのは、ちょっと淋しいように思った。
「いやあ、でも、彼は本当にしつこそうだからねえ。もし、…」
 市丸に何かされて困ったら、いつでも俺のところにおいで。
 そう言いかかって、それは日番谷が怒る部類の言葉だとすぐに気付いて途中でやめたが、そういうことには敏感な日番谷は、唇に上らなかった言葉まで読み取って、射抜くように睨んできた。
「気にしてくれるのはありがたいが、必要ない。あんな奴、無視してやればそのうち飽きて来なくなるさ」
 全然無視できていないし、できたとしても、あの市丸がそう簡単に諦めるとも思えない。それくらい日番谷は魅力的だし、市丸があんなに執着している様子を見るのも初めてだ。
 そう思ったが、言っても仕方がないことだと思い、浮竹は黙った。
「甘いっすよ、日番谷隊長。隊長のファンは、なかなかやめられませんからね」
 だが、せっかく浮竹が黙ったのに、阿散井が実に悪気なく、さらりと言ってのけた。
「それに日番谷隊長、怒った顔も可愛いし」
「テメエまで言うか!」
 怒鳴られてようやく失言に気付いた阿散井は、
「いや、ゴメンなさい!可愛いじゃなくて、可愛らしい!キュート!いや、カッコイイです!」
 慌ててフォローのつもりらしいことを言って、深みにはまっていった。
 日番谷の眉が、怒りのあまりピクピクと震えている。
「あ、阿散井くん!君、日番谷隊長に何か用事があって来たのだろう?」
 慌てて浮竹がフォローを入れるが、阿散井はやはり悪気なく、照れて困ったように頭を掻きながら、
「え、用事って言っても…。俺、ちょっとこっち方面に別の用事で来ましたんで、運が良ければ日番谷隊長のお顔が見れるなかあって思って…vv」
(うおお、俺のフォロー台無し!)
 無邪気すぎる阿散井に浮竹は思わず固まったが、
「浮竹隊長こそ、日番谷隊長にご用でいらっしゃったんでしょう?」
 笑顔で切り返されて、浮竹もハタと気が付いた。
「…え〜、と。俺は…、体調がよかったから、日番谷隊長のお顔でも見させてもらおうかと思って…」
 こちらも実は根が正直な浮竹が思わず言ってしまったことは、阿散井と内容的に大差なかった。
「…テメエら…」
 日番谷の可愛らしい拳がふるふる震えたと思ったら、
「どいつもこいつも、人を暇つぶしのダシにするなーっ!!俺はそんなに暇じゃねえーッッ!!」
 あまりの剣幕に吹き飛ばされそうになりながら、二人は一目散に逃げ帰ったのだった。