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大福−8


(お、終わった…)
 朦朧としながらもはっきりとそれを感じ、日番谷は目を閉じて息をついた。
 それからようやくぼんやりと、これが市丸がずっと言っていた、『日番谷はんが欲しい』ということなんだな、と思った。
 勢いのようなもので一気に乗り越えたが、冷静に思い返すと、とてつもなく恥ずかしい。
 でもとりあえず、欲しいというものをやったのだから。
 市丸がようやく、日番谷の中から自身を引き抜いた。
 そのまま浮かせていた腰を、そっと布団に下ろしてくれる。
「い…ちまる」
「ん?」
「満足したか…?」
「そらもう」
 嬉しそうに言った市丸がかぶさってきて、唇を寄せられた。
 軽く合わせて離すと、
「じゃあ、誕生日おめでとう」
 少々恥ずかしかったが、これは言わないといけない。
 市丸がちょっと驚いたような顔になり、
「そういえば、そうやったねえ」
 その答えに、日番谷がびっくりした。
「そうやったねって、忘れてたのか、お前?」
「忘れてへんよ〜」
「今、そういえばって言ったじゃねえか」
「いやいやいや」
 ごまかすように笑って、ちゅっと頬に口付けてくる。
「プレゼント、おおきに。これで冬獅郎は、名実ともにボクのもんやね!」
「いや、別にお前のもんになったわけじゃねえけど」
「またまた、照れて〜」
 デレッとした顔で抱き寄せてくる市丸をぴしゃりと撥ねつけて、
「照れてねえよ!」
「痛ッ!なんて乱暴な子ぉやの、冬獅郎は」
 大げさに痛がって見せてからまたにたりと笑い、
「誕生日に冬獅郎をプレゼントしてくれたいうことは、ボクのこと好きいうことやもんね?」
 いらん確認をしてくれた。
「違う!…明日からお前が、二度と顔見せないようにする必要がなくなったってことだ」
「同じやん」
「違う!」
 頑なに言うと、市丸は呆れたような顔をして、
「まあええわ、どっちでも。それより今日は、泊まってくやろ?」
「まさか、帰る」
「ええっ、今から?」
「当たり前だ」
 断固として言って身を起こし、着物を取ろうと膝立ちになったところで、かくんと膝が折れた。
「…え…」
 意に反して腰から下には、全く力が入らなかった。
 無理に力を入れようとすると、細かく震え出す。
 呆然と自分の脚を見る日番谷を、市丸も神妙な顔をして見ていた。
 日番谷が口をパクパクさせながら、説明を求めるように市丸を見ると、
「ヨすぎて腰抜けてまったんかな〜?大丈夫や、じき戻るよ」
 とたんにデレンとした顔になり、日番谷の腰に腕を回し、抱き寄せようとしてくる。
「わーわーわー、放せ、触るなー!」
 あまりのショックでパニックになり、日番谷は思い切り市丸を突き飛ばしてその腕から逃げると、布団を掴んで引っかぶった。
「…冬獅郎?」
「見るな、来るな、話しかけるな!」
「大丈夫やて。明日には治るよ」
「黙れ、触るな!」
 慰められても、悔しいのと恥ずかしいので、涙が出そうだ。
 市丸の前から今すぐにでも立ち去りたいのに、こんな無様な姿を晒したままで、寝ていないといけないなんて。
「心配せんでも、よくあることや。キミの身体とボクの身体が、相性ピッタリいう証やね」
「勝手なこと言うな!」
「ホンマやで〜?」
 百歩譲って本当だとしても、それが喜ぶべきことなのかも判断つきかねる今、いいことなんてひとつも思いつかない。
「…冬獅郎?」
 市丸がとろけるほど満足げな声で言って、布団の上から日番谷を抱き締めてきた。
「ええやん、泊まっていけば。それともボクが抱っこして、十番隊舎まで連れてったってもええよ?」
 誰かこの男を黙らせてくれ。ついでに上からどけてくれ、と、日番谷は怒りに震えながら、真剣に思った。
「泣かんで、冬獅郎。ボクはキミとこうなれて、ほんま幸せや〜。誕生日プレゼントのオプションで、朝まで一緒にいてくれるいうんはダメやろか?」
「泣いてねえよ!何がオプションだ、チクショウ」
「な、冬獅郎、泣いてへんのやったら、可愛えお顔見せて?」
「可愛いとか、言うな!」
 その甘えた声と言葉にムカついたが、いつまでも怒っていたって、事態は良い方向に向かってくれはしない。
 日番谷は深呼吸をし、腰のことはいったん忘れることにして、ようやくチラリと布団から目だけを出した。
「あ、可愛えお目々が出てきたで〜♪」
 いちいちうるせえな、と思いながらも、
「…お前明日、来るなよ?」
「はい?」
「明日は十番隊舎に、来るなよ?」
 これだけはどうしても、釘を刺しておかねばならない。
「なんでやの?」
「いいから、来るな!絶対だ!」
「ええ〜〜、せっかく恋人同士になれたのに、納得できへんわ〜」
「恋人同士て言うな!」
「恋人同士やん」
 珍しく市丸は、簡単には引かなかった。
 明日自分がどれほどしっかり歩けるかもわからないのに、明らかに態度を変えることが目に見えている市丸が嬉々として遊びに来たりなどしたら、一発でバレる。
 しかも市丸の誕生日を境にして変わったなんて、わかりやすすぎて顔から火が出そうだ。
 せめて、…せめて2〜3日でも時間差をつけることができたら、わずかばかりでもごまかせそうな気がした。わずかばかりだが。
(てゆうか、こいつが態度を変えないでくれたら、問題ねえんだけど)
 自分だけならなんとか踏ん張って普通どおりに仕事をこなして、知らん顔していられるのだ。
「た…誕生日プレゼントのことは、皆には内緒だぞ?」
 本来なら、言うまでもない確認なのだが、
「なんでなん?」
 予想通り全くわからないという顔をして、市丸がきょとんと答えた。
「当たり前じゃねえか、宣伝してどうなるんだ!」
「せやけど、隠されへんと思うわ〜」
「俺は隠せる」
「無理やて」
「お前に隠す気がないだけじゃねえか」
「隠す必要あらへんもん」
「ないわけあるか!」
「意味わからへん」
 意志の疎通というものが、全く感じられない…
 日番谷が頭痛を感じてクラリとしていると、市丸は真面目な顔をして、
「あんな、冬獅郎。キミ狙とるやつ、多いんよ?キミはボクのもんやて皆に言うといた方が、キミもこれから楽になる思うけど」
「バカ言えよ。それよりとりあえず、みんなの前で冬獅郎て呼ぶなよ?」
「いやや。キミまだボクのこと好きて言うてくれてへんもん」
 拗ねたように唇を尖らせ、市丸は子供のように、ぷーいとそっぽを向いた。
(…いくつだ、このおっさん)
 市丸におっさんは少々気の毒だが、日番谷が相手では返す言葉もあるまい。
 思考回路が理解不可能なこの男に、どうやったら言うことをきかせられるのか。
 日番谷は眉間にしわを寄せて考えてから、
「じゃあ明日、十番隊に遊びに来ない代わりに、仕事終わったら、…西の塔で会うか…」
 本当は「デートしよう」くらい言ってやったら、市丸は喜んで飛びつくのだろうが、日番谷はかなり勇気を振り絞っても、その単語を使うことはできなかった。
「デートやね?」
 代わりに市丸が、一瞬のためらいもなくあっさりと、顔を輝かせてその単語を口にした。
「う…まあ…そんなもん…」
 恥ずかしいヤツ、と思いながらも日番谷が頷くと、
「やったら、ええよ」
 案外簡単に、市丸は承知した。
「ホントか?」
「もちろんや。でもせっかくデートなら、ふたりで何かおいしいもん食べに行こ?何でもおごったるし」
 冗談じゃない。
 とっさに言いそうになって、日番谷はぐっと堪えた。
 それでは十番隊に来ないでもらう意味がない。
 一緒にいるところを誰にも見られたくないから、西の塔なのだ。
「…いや、…ふたりきりに、なりたいから…」
 なんとか言うと、市丸の目がカッと開眼した。
「うわ、びっくりした!」
「せやったら、ボクの部屋かキミの部屋で会お!」
 突然見開かれた目はギラギラと輝いていて、鼻息も荒く手を握られて、ぐっと迫られた。
 その勢いに日番谷は一瞬たじろいだが、そんな下心見え見えのことを言われて承知などできない。
「部屋なんか行って、またエロい展開になったらヤだから、ダメ」
 握られた手を撥ね退けて、この際はっきり言ってやると、市丸の口から魂が抜けるのが見えたような気がした。
「なんや〜、おもろないな〜。せやけどまあ、仕方ないね。まだ慣れてへんうちは、今日の明日はキミもキツいやろしね」
 ようやく意志の疎通を感じられる言葉を聞かされて、ホッとした。
「したら明日は十番隊に行かんと、西の塔に行けばええんやね?」
「ああ」
「ホンマに来るよね?」
「ああ」
「遅れたら様子見に行くで?」
「少しくらいは、待てよ」
「待たれへん」
「…」
 これだけ譲歩してやっているというのに、キレそうだ。
 日番谷が青筋を三つくらい立てて睨み付けても、市丸は知らん顔をして、だって好きなんやもん、我慢できひんもん、と平然と言った。
 そればかりか、
「今やって、もう一度冬獅郎襲いたくてたまらんのに、我慢しとるんやで。そない冷たいことばっかり言われたら、切なくなってもうて、うっかり襲ってまうかもしれへんなあ」
 あろうことか、脅しにかかってきた。
 しかもついでに、布団の上からとはいえ、お尻のあたりを触ってきた。
(…眩暈がする…)
 人語を理解しない生き物と話しているようだ。
 どうしてこんな奴を、好きになってしまったりなんかしたんだろう。
 うっかりそう思ってしまって、「好き」という単語を頭で思っただけで狼狽して、日番谷はもう一度布団をかぶった。
「あっ、また!いつまでも隠れとると、お布団はがしてまうで!お顔見せ!」
 どうやらこっちも、キレ始めている。
(相性最悪じゃねえか、クソ!)
 だが無視して布団をかぶっていると本当に剥がされて、有無を言わせず口付けられた。
「んんっ」
 ぎゅっと抱き締められ、唇を合わされると、どうしたことか、うっとりしてきてしまう。
(ああ〜、ダメだ、俺)
 わけがわからない。意味がわからない。どうしてこんなことになってしまうのか。
 それでも市丸とこういう関係になったことに、市丸を失わずに済んだことに、なぜか満足している自分に、タメ息が出てしまうのだった。


おしまい♪