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初めてのバレンタイン−4

 それから結局、日番谷は市丸に連れ去られてしまった。
 その後何をもらったかは、日番谷からの報告待ちだ。
 松本はその一部始終を雛森に話し、撮った写真を二人で楽しみ、次の日ワクワクしながら仕事に出ると、日番谷は少々疲れた顔をして、すでに仕事についていた。
 どうやら睡眠不足だ。
 もちろん市丸に離してもらえなかったのだろう。
 時々あることだったが、今回はちょっと激しいような気がした。よくまあその身体でこの時間にここに来れたと、褒めてあげたいくらいだった。
 まあ、原因の一端は自分が作ったのだから、松本は努めて気付かないような顔をして、
「どうでした隊長、いいものもらえました?やっぱりカードの威力は絶大だったでしょ?」
「…テメエが余計なこと言うから…」
 ムッとした顔で答えるが、それなりに満足はしている様子だ。一体何をもらったんですか、と聞こうとして、松本の目はその指に釘付けになった。
「た、隊長、そ、そのリング…」
「ああ、これ、お返しに市丸からもらったんだ。…確かに値段は十倍どころじゃなかったけどよ、こんなのもらっても邪魔だよな〜。まあ、とりあえず一日はつけててくれって頼まれたから、仕方なくつけてるけど」
 どう考えても日番谷はわかっていない。
 左手の薬指に、ダイヤの散りばめられたリングをはめている意味が。
 さすがに大きな石は、業務や戦闘に邪魔なのでつけられなかったのだろう。それでもひと目で高価でセンスがよく、その意味をこの上なく主張したリングだった。
「す…すごいもの贈りますね、ギンも…。隊長、愛されてますね…」
 思わず言うと、日番谷も満更でもない顔をした。
「く、鎖ももらった…。指にはめられない時は、首につけていたらいいって…」
 そういうのって、どうだろう?と意見を求めるような目で、日番谷が松本の反応を窺ってくる。
「まあ、素敵ですね!それも高かったんじゃないですか?よっぽどつけてて欲しいんですね。あいつのことだから、しばらくはつけているかどうか確認するために胸元覗こうとすると思いますから、気を付けて下さいね、隊長?」
「うっ…。そ、そうか。そうだな。うん、そうか」
 なにやら色々と納得して、日番谷は照れ隠しのように、コホンと一度軽く咳をしてみせた。
 それを合図に仕事に戻ったが、指輪の威力は、絶大だった。
 十番隊に来る者来る者、日番谷の指に目が釘付けになるのだ。
 あのリングはどうしたんですかと松本に聞いてくる者もいたので、松本はすかさず、市丸隊長からよ、と答えた。
 別に市丸の助けをしてやるつもりはないが、事実日番谷が市丸の恋人であるのだから、それを然るべき相手に教えると、副官として何かとやりやすいことも多い。
 これがけっこういるよこしまな気持ちを持った者が、市丸の名前を聞いて、ビビッて日番谷に妙な手出しをしなくなるのだ。
 これで物を盗まれることも、減るだろう。
 松本がさりげなく日番谷の様子を窺っていると、日番谷は時々指輪に目を落としては、気になるのか照れるのか、ちょっと指でいじってみたりしていた。
 それでもたまに何とも言えない幸せそうな顔をしてリングを見たりして、あまりの可愛さに転げ回りたくなるのを、松本は必死で見ないフリをしながら堪えた。
「こんにちは〜、お邪魔します〜」
 そのうち、市丸が来た。
 今日は時間が早いところをみると、日番谷が指輪をしているかどうか、確認しに来たのだろう。
 日番谷は市丸が来たのを知ると、さっと手を袖の中に隠した。
(…そんなことしても、可愛いだけなのに…)
 松本は思ったが、それも見ていないフリをしていた。
「日番谷はん、昨日はええもん、おおきに。ボクからのお返し、気に入ってくれました?」
 言って袖の中を覗こうとする市丸に、日番谷はさっと手を机の下に隠した。
 そんなことをする時点で、そこにリングがはまっていることは、バレバレなのだが。
「ああ、一応、約束だからな。今日だけは、つけててやってるぞ。邪魔だけど」
「ホンマ?嬉しいわあ。な、ちょっとだけ、見せてや?可愛いお指にボクのあげたリングがはまっとるの。ちゃんと左指の薬指にはめてくれとる?」
「はめてるよ。昨日さんざん見たじゃねえか、もういいだろ〜」
「いやや。もう一度見せて。今日しかはめてくれへんのやろ?」
「う〜っ、だって、ここ来る奴ら、みんなこれ見てくんだぜ。恥ずかしいよ」
「そこを男らしくズバッと見せ付けてやるんがミソや」
「なんだよソレ意味わかんねえ」
(…な、なんかナチュラルにイチャついてくれてますけど!)
 松本は思ったが、照れまくる日番谷が可愛いので知らん顔をして、五感を必死でそちらへ向けた。
「な、見せて?」
「ヤダ」
「そない恥ずかしがらんで」
「やめろってば」
「ええやん、ちょっとだけ」
「テメエ離せって、バカ!しつこいぞ〜!」
 もみ合う音に続いて、バターンと椅子の倒れる音がして、松本はハッと顔を上げた。
 日番谷は椅子ごと押し倒されたらしく、机の下で二人がまだ揉み合っている気配がしている。
「痛ぇなテメエ、何しやがる!」
「ああ、可愛えお手々みつけたで〜♪ボクの指輪がはまっとる。ちゃんとはめててくれとるんやね〜vv嬉しいわ〜」
「だから言ってんだろ、満足したら退け!」
「よう似合うとるよ。食べてまいたいくらいや」
「似合ってるから食べたいって変だろ理屈!って食うなよテメエ…あっ…ヤメロ…って…」
「人の執務室で何しやがってんのよギン!隊長から離れなさいーッ!!」
 さすがにここでそれは許すわけにいかない。
 松本は可愛い日番谷が見たいだけで、結果的にそれが市丸を喜ばせることになったとしても、根本的に市丸においしい思いをさせたいわけでは、決してないのだ。
 松本は倒れた椅子を持ち上げて市丸を殴りつけると、力任せに日番谷から引き剥がした。
「なんや、いたんか乱菊。気ィきかせや」
「あんたが消えなさいよ!」
 もう一度椅子を振り上げると、市丸はさすがに慌てて逃げて、
「乱チャン、怖いわ〜。そんなんで殴られたらホンマに死んでまうで〜、ボク」
「いっそ死ね!俺が許す、松本、殺れ!」
 机の下から怒りに震える日番谷の声がして、市丸は身を竦めて見せてから、
「おお、怖い。怒ってしもた。ほなな、冬獅郎、また後でな?」
 今どきあまり見ない投げキスをして言う市丸に、日番谷は慌ててその軌道から身を避けながら、
「後でじゃない!二度と来んな!」
 日番谷の怒声を背に受けながら、市丸は軽やかに去って行った。
「全く、油断も隙もないんだから」
 振り上げた椅子を下ろしながらふと見ると、日番谷はかなり着物をはだけられ、あられもない姿になっていた。
 それを必死で直しながら、「見るな」というように、ジロリと睨まれた。
(まあ、今回の隊長は可愛すぎだから、ギンが理性失うのも仕方ないわね。ちょっと私も調子に乗ってサービスしすぎたかしら。後でギンに何かおごらせよう…)
 おそらく市丸は今日、何度もここにやって来るだろう。
 そしてそのうち、市丸を追って吉良もここに来ることになるだろう。
 そっとタメ息をついた時、報告を待ちきれなくなった雛森が、期待に目を輝かせてやって来た。
「日番谷く〜ん、入るわよ?どうだった、昨日?市丸隊長に、チョコ渡せた〜?」
「うあ、ちょ、ちょっと待て雛森―っ!」
「えーっ何、なに、日番谷くん!何があったの?」
 松本と違い、雛森はどうも、日番谷が可愛いというだけで喜んでいるわけではなさそうだった。
 ここにいたのが松本ではなく雛森だったら、市丸を止めるどころか目を皿のようにしてその展開を喜び、心で市丸を応援すらしていたかもしれない。
 そんなこととは知らない日番谷は、いや知っていたとしても、雛森の前ではそれこそ死に物狂いで市丸に抵抗しただろうが。
 必死で着物を整える日番谷を見て、雛森はキラキラと目を輝かせている。
 今のところ雛森をあまりよく思っていないような市丸だが、近い将来、この二人が手を組む日がくるのではないかと、密かに心配になってしまう松本だった。


おしまい♪