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開けたらあかん−6

「市丸…!」
「日番谷はん…」
 なんだろう、これは、夢か?!
 信じられないながらも、市丸は吸い寄せられるように日番谷に近付いて、その前に膝をついて顔を覗き込んだ。
「なんや〜、ボクのこと、待ってくれとったん?キミから来てくれるなん思うてへんかったから、キミのこと探して回ってもうた。遅くなってもうて、堪忍な?」
「そ、そうか…。俺、お前が帰ってきたって聞いたから…ここが一番早いかと思って」
 なんて可愛いことを言うんだろう。
 震えるほどの喜びに、市丸の胸が高鳴った。
 帰ってきたと聞いたら、逃げることはあっても、自分から会いに来るなんて、予想もしていなかった。
 あの約束だって、まさか忘れていないだろうに。
「帰ってきたら、キミに一番に会いに行くに決まってるやん。キミのお顔見る前に部屋に帰って寝るなん、ありえへんよ?」
 優しく頬に触れて言うと、日番谷はその手を払うどころか、そっとその手に触れながら、恥らうように市丸を見上げてきた。
 たぶん日番谷だったら、市丸の顔を見る前に、自室に帰って寝るのだろう。
 市丸の情熱は、まだ彼には理解できていないようだった。
 それは残念でもあったが、愛しくもあった。
 こうやって一つずつ少しずつ、市丸の情熱や、恋愛というものがどういうものなのかを、教えてゆくのも楽しかった。
「待たせてもうて、ゴメンな?お部屋おいで、あったかいお茶入れるし、お土産もあるんよ?」
「ああ」
 手を引いて中に入ると、座布団を出して、日番谷を座らせた。
 だが、茶を入れようと市丸が水場へ行くと、日番谷は立ち上がり、市丸についてきた。
「…どないしたん?」
 声をかけても日番谷は恥ずかしがるように、扉に顔を半分隠して、うつむいてしまう。
 何か言いたいことがあって言えないのかな、と思ったので、市丸は日番谷に近づいてゆき、こっちくる?と言って、その肩に軽く手を添えて、促した。
 日番谷は素直についてきて、市丸が茶を入れる間、市丸の羽織の裾をしっかりと握りながらも、やはり恥ずかしがるように、後ろに隠れている。
(…な、なんや、メチャ可愛えんやけども…。なに、何があったんや?なにしとるん、この子?)
 もしかして、これは甘えているのだろうか。
 まさか日番谷に限って、と思ったが、そう思い始めたら止まらなくなり、急須を持つ手が震えた。
 しばらく会えなくて、そんなに淋しかったのだろうか。
 それともこの小さな子は、これから自分に抱かれることを意識して、緊張して、恥じらいながらも期待しているのだろうか。
 そんな艶かしい考えが市丸の身体に熱を持たせ、理性を狂わせようとしていた。
 冷静な顔の下で、欲望がどんどんボルテージを上げ、またたく間にカチリとスイッチが入った。
 市丸は黙ったまま急須を置くと、湯のみを盆に乗せ、くるりと向きをかえた。
 日番谷はさっと手を離し、一歩引いて、市丸の進行方向から邪魔にならないところに移動した。
「…おいで?」
 声をかけて部屋に進み出るが、日番谷はまた戸口に隠れたまま、ためらうようにしている。
(敏感な子やな。ボクの気持ちの動きを、読み取ったんやな?)
 欲望が高まると、市丸は必ずしもいつものように優しくはない。
 それが日番谷を行為に対して怯えさせたり逃げ腰にさせたりする理由のひとつだということもわかっている。
「こっちにおいで、日番谷はん」
 だが、そんなことにはこれっぽっちも気付いていないように何気ない声で、日番谷を呼んだ。
 座布団の隣に腰を下ろし、盆を置いて日番谷を振り返る。
「そこで何してるん?早う、こっちにおいで?」
 日番谷はじっと市丸の様子を見るように、戸の向こうでためらってから、そっと出てきた。
 市丸が座布団のすぐ隣に座っているので、その座布団に座ることも、ためらっているようだった。
「現世の珍しいご本お土産に買うてきたんやで。写真もいっぱいついてて、楽しいで?」
 市丸が本を見せて座布団の前に置くと、日番谷は興味を引かれたように近付いてきた。
 だが、座布団を挟んだ向こう側に座ろうとするので、すかさずその手をとって、強く引いた。
「あっ…」
「なんでそないなところに座るん?せっかくキミのために座布団出したんよ?」
「…だって、お前が、」
「ボクのお膝がええ?」
「…」
「ボクは、それでもええよ?」
 市丸は大好きなポジションだったが、日番谷はあまり好きではないことは、知っていた。
 いや、厳密には嫌いではないかもしれないが、そのポジションになると市丸がまず手を出してくるので、それが嫌なのかもしれない。
 真っ赤に頬を染めて、市丸の手をパッと払ってきた。
「こっち来んのやったら、ボクひとりでこの本見てまおう。おっ、これはすごいで。ほほ〜う、これはこれは」
「子供か、お前」
 怒ったように言うが、気になるようだった。
 日番谷からは中が見えないように上げられた本の表紙には、『世界の不思議な生き物』というようなタイトルが大きく書いてある。
 日番谷はそのタイトルと、何の写真だかわからなくて中を見たくなるような表紙の写真を見て、少しソワソワし始めた。
「そうやったんか〜。これは、不思議やね〜」
 市丸がちょっと日番谷から意識をはずし、本に集中したかのようにみせてやると、とうとう日番谷は立ち上がり、そっと市丸の後ろに回って覗きこんできた。
 市丸が知らないふりをしながらも、少し腕を上げてさりげなく隙間を作ってやると、そのうちその下をくぐって、もっと近くで見ようとしてくる。
「不思議やねえ〜、日番谷はん。深い海の底には、こないな生き物がおるんやて」
「体長12m…12メートルゥ?」
「大きいね〜」
 頁をめくる度に夢中になってきた日番谷は、いつの間にかしっかりと市丸の膝の上で、食い入るように本を見ている。
「あっ、テメエ、めくるの早ェよ!まだ読んでるのに!つかテメエ、字読んでねえだろ、写真見てるだけだろ!」
「ん〜、ゴメン。せやったら、キミがめくる?」
 もちろん字なんて読んでいないし、市丸の意識はすでに本には向いていない。
 可愛い手をとって本を渡してやり、市丸は空いた手でやんわりと日番谷を抱き締めて、その肩越しに本を見ているふりをした。
「うおっ、すげえ擬態。よく見ねえとわからねえ」
「ほんまやねえ」
 言いながら無防備な首筋に、ちゅっと唇を当ててやると、日番谷はビクッと大きく反応して振り向いた。
「気にせんと、次のページ見よ?ほら、すごい、これ、なんやろう?」
 指を伸ばして勝手に頁をめくってやると、、日番谷はまた本に目を戻したが、
「…っ!」
 この状況で大人しくしていることにそろそろ耐えられなくなってきた市丸の手が、日番谷の着物の合わせ目から、胸の方へすっと潜り込んだ。
「お前…人が本読んでる時に…」
「ゴメンな、ボクもうそれどころやないねん」
 可愛い突起をみつけた指先は、狂喜してそれを弄り始め、もう一方の手は袴の上から、下腹部を探り始めていた。
「い…ちまる…」
「そのご本はキミにあげるから、後でゆっくり見たらええよ」
「…」
 日番谷が抗議するように後ろを向いたので、被さるように唇を合わせた。
 久し振りの、甘い、甘い唇だった。
「…会いたかったで」
 市丸が言うと、日番谷の瞳がとろりと溶けた。
 緊張しながらも、ゆっくりと市丸の胸に体重がかけられてくる。
(わ、素直)
 それだけのことで、胸が高鳴った。
 約束をしたからそれなりに気持ちを固めてくれていたのかもしれないが、しばらく会えなくて、本当に日番谷も淋しいと思ってくれていたのではないかとも思う。
 市丸は羽織ごと着物を肩から落とし、現れた華奢な身体に、うっとりと見入った。
 白い身体に、市丸が立ち上がらせた可愛らしい突起だけがピンクにツンと立っていて、誘っているみたいだ。
 どうしても口に含みたくなり、日番谷の身体をそっとその場に横たえて、覆い被さった。
 額、瞼、鼻の頭、唇、顎の先と降りていってから、耳たぶを軽く噛んで、首筋を辿り、鎖骨に口付けた。
 それからようやく可愛らしい乳首に吸い付いて、優しく吸い上げた。
 それまでずっと握り締めていた本をようやく離して、日番谷の手が、すがるように市丸の頭を抱き締めてくる。
 我を忘れて乱れてからならともかく、この段階でそんな風にしてきたことは初めてで、嬉しくなった。
 それを舌で転がしながら帯に手をかけた市丸は、そこに何かが結ばれていることに気がついて、顔を上げた。
「…可愛えことするんやねえ、冬獅郎は」
 それが自分が出かける前に渡した箱だとわかると、市丸は蕩けるほどの笑みを浮かべて、日番谷を見た。
「…いや、それは、…」
 日番谷は真っ赤になって目を泳がせてから、向こうを向いてしまう。
「いつも持って歩いてたん?」
「…違う、たまたま…」
「開けてへんよね?」
「開けてねえ…」
 答える時ちょっと泣きそうな顔になったように見えたのは、気のせいだろうか。
「ええ子やね」
 そっと髪を撫でてやってから、帯を解いて袴を下ろした。
 眩しい太腿が恥らうように合わせられたので、両膝を取ってぐいっと開き、間に身体を入れた。
「…いちまる…」
 吐息のような熱っぽい声が漏れて、すがるように自分を見上げてきた。