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ボクの可愛いサンタさん−5

 翌日隊舎に顔を出すなり、満面の笑みで「隊長夕べはどうでした〜?」と聞いてきた松本に、日番谷は不機嫌丸出しのひと睨みをくれた。
「最悪だった。眠ってるどころかあいつ、いつもに増して絶倫だった」
 もう松本に隠しても仕方がないので、日番谷がムカつくままに言ってやると、
「あら、じゃあ、当たっちゃったのかしら」
 平然と意味不明のことを言ってくる。
「当たったってなんだよ」
「あのチョコの中に一個だけ、本当に元気が出るクスリの入ったチョコ入れといたんです」
「…!!!!」
「ま、そうでなくても隊長のあの可愛い姿を見たら、元気も一杯出ちゃうでしょうけど」
「お前…!!」
「いや〜ん隊長、睨まないで下さいよう〜。プレゼントは無事、渡せたんでしょう?」
 こういうところ、松本は自分の味方なのか、市丸の味方なのか、時々わからなくなる。
 いつだったか、隊長の幸せはギンの幸せにもなっちゃうところが、ちょっと悔しいんですけどね、などと言っていたから、結局そういうことなのかもしれないが。
「…まあ…プレゼントは、…」
 無事渡せたけれど、そこもちょっと、複雑な気分だった。
 あれだけ堂々と目立つように壁に下げておいたのに、市丸があのプレゼントに気が付いたのは、さんざんさんざんわけのわからないサンタプレイに付き合わされた後だった。
 まさか、あんなサンタ服ごときで市丸があそこまで興奮するとは思ってもみなくて、精も根も尽き果てて、うっかり日番谷まで本来の目的を忘れてしまうところだった。
「サンタさん、お次はどないしましょうか?あそこのクリスマスケーキ、おなかの上に乗せてみるなんどうやろか?」
「か…勘弁しろ、変態…」
「クリームと苺だけでもええで?ケーキになったサンタさん、ボクに食べさせてや〜vv」
「ありえねえ〜」
 日番谷が変態と言う度に、市丸のボルテージが上がってくるような気がするのは、何故なのか。
(どうしてこんなことになっちゃってンの?なんで俺、いつの間にかこいつとサンタプレイなんかしちゃってンの?)
 泣きそうになりながら思って、ようやくプレゼントを置きに来たことを思い出した。
(こんなことなら、プレゼントなんか用意するんじゃなかった…!こんな格好までして、…俺、俺…) 
 恨みがましく見た日番谷の視線の先に、ようやく市丸は気が付いたようだった。
「あれ?…あのプレゼント、サンタさんが持ってきてくれたん?」
「…今頃気付きやがって」
 その言葉で、初めて市丸は慌てて、
「うわ〜、なんやろう!サンタさんにプレゼントもろうた〜!嬉しいな〜!」
「わざとらしい。やめろ」
 言葉はわざとらしかったが、嬉しかったのは、本当だったらしい。
「ほんまにサンタさんやったんや〜。ほんまにプレゼント持って来てくれたんや〜。ボクはてっきり、サンタさんそのものがプレゼントなんやと思うとった」
「サンタがプレゼントって、なんだよ」
「もうボク、嬉しすぎて何が現実なんか、ようわからへん」
「半分は妄想だ、安心しろ」
 冷たく言っても、市丸の喜びに水を差すことは全くなかったようだった。
 開けてもええ?と嬉しそうに聞くので、日番谷もほんのり頬を染めて、頷いた。
「うわ、すごい。カシミアやん。高かったやろ?」
「別に…」
 日番谷はよく知らないその素材を、市丸はすぐにわかったらしい。
 早速手にとって、首に巻いてくれる。
「似合う?」
「…うん、まあ、袴穿いてたら、もっと似合うかな…」
「そうやった」
 市丸は笑って、明日から早速、使わせてもらうな、と言って、大事そうに箱に戻した。
「…ボクのプレゼントは…小さいんやけど…」
「えっ、プレゼントあんの?」
「当たり前やー!恋人がサンタクロースやー!」
 その言葉に、松本と二人現世へ行った時のことを思い出して、胸がドキンとした。
 赤、緑、金色の、クリスマスカラーの街。
 あちこちにそびえ立つクリスマスツリー、ウインドウに描かれた、トナカイのそりに乗ったサンタクロース。
 夜空を走るそりからたくさんのプレゼントがこぼれ落ちるその絵に、何故か強烈に惹かれた。
 クリスマスソングが鳴り響き、心が浮き立つような楽しげな雰囲気の中、恋人がサンタクロースという陳腐な言葉に、とても温かくて幸せなものを感じたのだ。
 市丸が真剣な顔をして、何かを取り出してきた。
 包んでもいなければラッピングもされていないそれは、紐のついた石だった。
 よく磨かれた、吸い込まれるように美しい黒っぽいその石は、角度を変えると碧や青に反射して見えた。
 覗きこむと、キラキラ星のようなものが中に見える。
「…なに、これ」
「お守り」
「お守り?」
「願いの叶うお守り」
「願いの叶うお守り?」
「キミが幸せになりますようにて、ボクが願いかけた」
「なんだよそれ。石任せかよ。テメエが幸せにしてみせろよ」
「するよ」
 照れて思わず憎まれ口を言ってしまうと、市丸は真剣な顔をしたまま、日番谷をぎゅっと抱き締めた。
「幸せにするよ」
 真剣なその声と言葉はまるでプロポーズみたいで、日番谷は息を飲んで、言葉を失った。
「幸せにする」
 もう一度繰り返して、市丸はただ本当に愛しいみたいに、大切みたいに、日番谷をじっと抱き締めていた…

(…のになんで、結局クリスマスケーキプレイなんだあの野郎)
 うっかりときめいてしまった自分もいけないが、騙されたような気がしてしょうがない。
「で、隊長は何もらったんですか?」
「知らん。変な石」
 懐から出してぽいと机に放ると、松本は興味深そうに手にとって眺め、
「うわ、きっれ〜い!あいつ、こんなのどこで…」
 言いかけて、ハッとして、もう一度真剣に石を覗き込む。
「やだ!本物見たの初めて!本当に、どこであいつ、手に入れたのよ!えっ、本当に本物?!」
「本物ってなんだよ」
「隊長、この石、あんまり人に見せない方がいいです。盗まれるかもしれません」
「えっ、何だよ、そんな高価な石なのか?」
「高価とかそういう…」
 松本はゴクリと唾を飲んで、石と日番谷を見比べた。
「隊長、何か願いごと懸けましたか?」
「え、それは、…なんか、市丸が、俺が幸せになるようにとかなんとか…」
 しどろもどろで答えると、松本は熱くタメ息をついて、愛されてますねえ、隊長、と言った。
 なんなんだ、と言いかけたところで、
「おはよ、十番隊のおふたりさん。今日も寒いですねえ」
 朝一番から、市丸だった。
「あっ」
 ふたりして嫌な顔をしかけたところで、その姿を見て、ふたりして声を上げた。
「似合いますやろか?今日はボク、これでぬくぬくや〜vv」
 わざわざ見せに来たのだろうか。
 日番谷のマフラーを首に巻いて、嬉しそうに立っている。
 二人が注目すると、くるりとその場で一回転して見せてくれた。
「うんまあ、マフラーのセンスがいいから、なんとかかろうじて似合ってるわよ、アンタでも」
「ひどっ!」
 松本は冷たく言ったが、日番谷は思わず見惚れてしまったくらい、似合っているとこっそり思っていた。
 少なくとも、昨日のノーパンマフラー姿よりは、よっぽど。
 市丸がそのままふたりのところまで歩いてくるので、日番谷は机の上に置いてある石を、さっと手にとって懐に入れた。
「…今、何隠したん?」
「別に」
「ボクに隠し事はナシやで?」
「何も隠してねえ」
「そう?」
 にこにこ笑ったまま、市丸は机をぐるりと回って、日番谷の隣に立った。
「ほなら、こっちにおいで?」
 手を差し出しながら軽く首を傾げて促す市丸に、日番谷は警戒して身を引きながら、
「…何だよ」
「お隣のお部屋で」
「…隣の部屋ぁ?」
「身体検査や」
『死ね変態!』
 最後のツッコミは、日番谷と松本の両方の口から飛び出した。
「隠してへんならええやんか〜。男同士やし」
「いちいちヤラしいのよ、あんたの言葉は!」
「テメエにそんなことされる筋合いはねえ!」
 二人に言われて、市丸は少し拗ねたように唇を尖らせてみせた。
「女や子供には、身体検査いう言葉に秘められたロマンはわかれへんねんな〜」
「誰が子供だ。わかるかオヤジ」
「ちょっとはわかるけど、隊長の警戒が厳しくなるから、控えなさいよ、アンタ!」
 松本の言葉に、日番谷と市丸の視線が集まった。
「なによ」
「うんまあ、それもそうやけど、慣れゆうんもあるで。毎日言うとったら、そのうち慣れて、気ぃついたらやっとったいうこともあるやん」
「毎日身体検査とか言うの、変態よ。もっとさりげないのはないの?」
「あ、昨日のレッグバンドは良かったで〜。最高や、乱菊vv拝みたくなったで」
「でっしょー!あんたのためにしてないけど、そう思うなら、何かお返ししなさいよ♪」
「お返ししたら、身体検査も手伝うてくれるんか」
「高いわよ」
「構へん」
「いいいい市丸!松本!」
 今の今まで味方だった松本が、いつの間にか市丸の方にいる。
 なにやらヤバそうな空気に、日番谷が焦って声を上げると、ふたりは一度顔を見合わせ、同じように、に〜っこりと優しい笑みを浮かべて、
「と、いうわけやから。お隣のお部屋行こか、冬獅郎?」
「大丈夫ですよ隊長、市丸隊長は、優しくして下さいますよvv」
「ちょっと待てテメエら!冗談もほどほどにしとけ!!」
 いや絶対冗談じゃないととっさに感じて、日番谷は氷輪丸に手をかけて、すばやく立ち上がった。
「あ、いやや〜。本気にしとる〜。危ないで。刀はしまお?ほなな、乱菊。またな」
「またね、ギン」
「ほんならな、日番谷はん、また帰りに迎えにくるよって」
「来るな変態!」
「うん、うん、ボクも愛しとるでvvボクのプレゼント、大切に持っとってな〜?」
「な、なな、」
(知ってんじゃねえか!)
 日番谷が何を隠したかわかっていながら、身体検査だとか言っていたのだ、市丸は。
 それを思うと恥ずかしいやらムカつくやらで、日番谷が口をパクパクさせている間に、市丸はそそくさと部屋を出ていった。
 それを見送った松本は何食わぬ顔でにっこりと微笑み、
「あ、隊長、今の、冗談ですからvvあたしはいつでも隊長の味方で〜すvv」
(ウソつけーーーー!)
 市丸は、目的がはっきりしているだけ、まだいい。
 だが松本は、何がしたいのかさっぱりわからないところが市丸よりも怖い…と、日番谷は改めて思ったのだった…。


終わり♪