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ちっちゃな店長さん−14

 瞼が上がると、大きな翠色の瞳が現れ、何度見ても心を奪われずにはいられないその美しさに、胸が高鳴った。
 目が離せなくてじっとみつめていると、日番谷は数秒の間に色々と思い出したようで、みるみる頬がピンクに染まってきた。
 慌てて自分の姿を確認し、ズボンを穿いていることにはホッとしたようだったが、
「な…んだこの体勢は…!なに、テメエ、いつまでも、人のこと、」
 予想通り元気よく暴れ出した日番谷に、ギンは笑みを浮かべて、
「ええやん、もうちょっと、こうしてよ?」
 ぎゅっと抱き締めて言うと、日番谷は予想外に、息を詰めて大人しくなった。
 あれあれ、と思ったが、その反応にドキドキしてくる。
 さっきは中途半端な状態だったから、日番谷が助けを呼ばなかったからといって、自分を受け入れてくれたわけではないことは、わかっていた。
 だから、てっきり、冷静になったらすぐに、叩き出されるのだと思っていた。
 けれど、こんな反応をされたら…、ちょっと期待してしまうけれども、いいのだろうか。
「…ねえ、店長さん。ボク、車で来とるんよ。今日はこの後、キミのおうちまで、ボクに送らせてくれへんかな?」
「あほか。ヤダね。誰がテメエになんか。一人で帰る」
「ひとりは危ないで?」
「テメエと帰った方がよっぽど危ねえんじゃねえの」
 これは無理だろうと思っていたから、案の定冷たく断られても特にショックでもなかったが、こんなにも可愛い子供が夜遅い時間に一人で外を歩くというのは、純粋にどうかと思う。
「いつもひとりで帰っとるの?」
「どうでもいいだろ」
「ひとりで暮らしとるわけやないよね?」
「お前に関係ねえ」
「せやけど、あちこち職場が変わるなら、なかなかひとつのところにおられへんよね?」
 言ったとたん、日番谷がジロッと睨んできた。
「…どこまで知ってんだ、テメエ」
「なんにも知らへんよ?教えてくれへんもん」
 ギンの言葉で、日番谷が複雑な顔をした。
 それから目を逸らし、少し緊張するように黙ってから、
「…俺、明日は休みで、その後、…静岡」
 突然日番谷が今後のことを教えてくれたので、ギンは驚いたが、
「静岡?静岡のどこなん?」
「…静岡市」
「静岡市て、広いで?」
「駅から微妙に離れてて、何狙いなのかが、微妙な立地…。ったく、変なとこばっかり飛ばされるんだよな。まあ、それ立て直すのが、俺の仕事だけど」
 まさか、会いに行ってもいいと言っているのだろうか。
 驚くと同時にギンは興奮して、
「え、駅って何駅やねん!お店は何店になるん?!」
 思わず声が裏返り、勢いが付き過ぎて立ち上がりそうになったが、日番谷はその隙をついてぱっとギンの膝から飛び降りて、
「誰が教えるか、ストーカーなんかに!」
 挑むようなキツい目で、睨み付けてくる。
「え、えーーーー?!」
 なんと、この小さな男の子は、自分の愛を試しているのだ。
 愛しているなら、追いかけて来いと言っているのだ。
 ストーカーなら、みつけ出してみせろと言っているのだ。
 それほどの真剣な愛と情熱がなければ、これで終わりだと言っているのだ。
「冬獅郎クン…ボク、ほんまに探し出してまうけども…、ええの?」
「冬獅郎クンじゃねえ、日番谷店長だ!」
「みつけ出したら、会うてくれる?」
「やれるもんなら、やってみやがれ!」
 小さな可愛い手足で子犬のように仁王立ちをして、元気よく日番谷は言い放った。
 その目はギンを睨んでいるけれども、キラキラととてもきれいに輝いていて、ギンは思わず微笑んだ。
「どうやらキミ、ストーカーの力なめとるみたいやけど。…そないなこと言うてええの、ボクが本腰入れたら、キミなんあっという間に見つけ出されて、泣いてまうような目ぇ合うよ?」
「な…、余裕見せやがって。静岡バカにすんなよ?!この系列のコンビニ、何件あるかわかってんのか?」
 ギンの言葉に少し怯んだ様子を見せながらも、日番谷は気丈に言い返してきた。
「まあ、見ときぃや。今度会うた時には、もっとええこと考えてきたるな?ボクから逃げようとした罰やで。うんと恥ずかしくてうんと気持ちええ思いさせたるよって、楽しみにしとってな?ボクも楽しみや」
 本当は、行く先を教えてくれたことがとても嬉しかったし、再会を果たせたら、二人で並んで静岡のおいしいお茶を飲んだり、富士山を見ながらお弁当を食べたり、今度こそそんな優しい時間を過ごしたかった。
 だけど日番谷があんまり可愛いから、つい苛めてしまいたくなったのだ。
 まあ、全くの嘘というわけでもなかったが。
 ギンの今までのイメージが悪すぎたのか、そう言ったギンの顔があまりに凶悪だったのか、それを聞くとみるみる日番谷は蒼ざめて、
「あ、阿散井、阿散井―!」
 突然ドアに向かって走ってゆき、バイトに助けを求めた。
(えー、そこで阿散井クン呼ぶんかいな!)
 子供かと思ったら大人だし、大人かと思ったら子供だし。
 そんなところもたまらなく可愛いかったが、これは怯えさせすぎたかもしれない。
 まだ別れ難かったが、阿散井を呼ばれていつまでもいたら、また面倒なことになってしまう。
 逃げるが勝ちとばかりに、ギンは飛び込んできた阿散井の横をスルリと通って、
「ほな、今回はこの店訴えるのは、やめておくことにしますわ。キミらも人疑う時は、今後気ィつけや?」
 友達と別れる時のように、にっこりと笑って手を振り、事務所を後にする。
「またな、ちっちゃな店長さん」
「阿散井、塩撒け、塩―!」
「店長、大丈夫ですか、店長!」と言いながら走り寄ってゆく阿散井の向こうで、日番谷は両手でぎゅっとコンビニの制服の裾を握り、大きな目で挑むように、いつまでもいつまでもギンの後ろ姿を見送っていた。


終わりv